白桃色で縛って

白桃色で縛って

 ただでさえ下から数えたほうが早いランクの高校だったというのに、初っ端から授業を聞いてるふりしてビーズでうさぎのマスコットを作っていた、そんな私の様子を、隣の席から見つめていたのが彼女だった。

 それこそ私が扱うビーズのように瞳を綺麗に輝かせながら『私、うさぎ好きなの』と甘ったるい声で囁かれた。なので授業終わりに、まさに完成したばかりのそれを差し出すと、とてもじゃないが材料費に見合っていない喜びを小さな身体から溢れさせた。

 今思えば、この時にもう私は彼女に対して好意を抱いていたのだろう。

 ——人に恋をするという感情を、彼女を一目見るまで知らなかった私が。

 彼女は人見知りどころか、どうやら他人と話すのが上手じゃなかった。しかし私にだけは、いつだって天真爛漫だったのだ。

 学生生活を終えてから何年も経つ。彼女は癖毛のふわっとした髪を、高校卒業から茶色に染めた。そして、元々花びらと共に宙へ舞いそうな雰囲気だったが、それに見合った可愛らしい服を着るようになって。内気さはそのままだけど、徐々に年齢なりの処世術を身につけていった。

 それでもなお、私相手にだけは特段明るく、太陽のようにも、火花のようにもなる。

 大人になっても、変わらずに私の特別だった。


「——私、結婚するなら貴方とがいいな」

 ふと口をついて飛び出た自分の言葉が、自身でも信じられなくて。それでも本心であることには何も変わりないから撤回する気も起きない。彼女は、私を気持ち悪がるような女じゃないという信頼はあった。しかしそれはそれとして、茶化されたり冗談として処理されたら、素直に受け入れようとも思っていた。

 コンビニで購入した無糖のアイスティーを一口啜る。舌にやたらと深い苦味が残る。尾を引くように。

「じゃ、結婚指輪作ってよ。ビーズで」しかし彼女は、まっすぐ私の目を見て言う。

「……ビーズで?」

「うん。色は私が決めるね」

 彼女は、透明な袋に入れた、淡い白桃色のビーズでできたマスコットを財布から取り出す。

「この、うさぎの色をベースにしたら可愛いと思う」

 私と彼女が出会ってから七年が経っている。

 つまり、彼女と小さなうさぎの邂逅からも、同じ年月が過ぎていた。

「あと、これ、前くれたビーズの指輪。ピンキーリング用だったけど、デザインこれ一番好きなの。メインの色をうさぎと一緒にして、アクセントになってる色を、お互いそれぞれ好きな色にしたらいいんじゃないかなって……どうかな?」

 ——可愛かったり綺麗なものが好きで、かつただ手先を動かしているのが楽しかったという理由だけで続けていた趣味を、小規模ながらも仕事にできたのは、彼女がそばでずっと私の作る作品を、なにより私自身を、純粋に透き通った笑顔と瞳で見つめ続けてくれたからだ。

 ああ、愛したのが彼女で、本当に良かったな。

「……よし、作るか」

 アイスティーで一気に喉を潤すと、細かい氷が歯に当たる。身体が冷え、頭も無事クールダウンできたので、手持ちのビーズを準備する。

「今から?」

「うん」

 私の相槌に彼女は甘い笑顔を見せ、両手で包み込むように持っていたアイスココアを一口飲む。

 一刻も早く、期待の眼差しに応えたかった。


 ——時間かかるよ。と、一言彼女に対し呟く。

 じゃあご飯とおやつ買ってこようかな、あと夜食も。と、彼女は応える。

 どうやらここから、私に夜通しで作業をさせるつもりらしい。彼女に向かって軽く首を傾げながら微笑むと、向こうは実に無邪気なままの表情だった。


「私、こっちのほうが好き」

「こっち、って?」

 私は言葉の意図が分からずに、聞き返してしまう。

 彼女の指は何度も測ったが、左手の薬指は初めてだった。

「あったかい気がする。ビーズの方が」

「……普通の結婚指輪と比べてってこと?」

「うん」

 思えば彼女には、指輪に愛と将来を込め——共に未来永劫連れ添うことを考えた相手はいなかったのだろうか。

 彼女と愛を交わした異性の話はよく聞いていたけれども、結局どれも最後は別離に泣いていた。できることならもう、見たくない表情だ。思い出したくないし、想像したくもない。

「一粒一粒に、想いが詰まってそうじゃない?」

「……まぁ確かに、私は今、とっても詰め込んでるね。愛を」

 白く小さな歯を見せて笑う彼女の顔が悲しみに崩れるなんて、あってはならない。


 左手薬指に光る指輪は、常識という名の権力を纏っている。

 特定の人間との一生を誓ったのだと、傍目から見ても明らかになってしまうような。

 細かなデザインの差異はさておき、遠くから眺めてしまえば一見同じに見える物なのに、しかし込められた想いは一組……どころか、一人一人違う。アクセサリーを作る仕事、その一端に身を置く為の勉強を、高校卒業後に始めてからようやく理解できた。

 貴金属の指輪、その形を画一的だと冷ややかに笑うのは、ただ拗ねているだけにすぎない——ということも、同時に自覚させられたのだ。

 まぁ、若い頃の私は、心の中でまだ唇を尖らせているが。


「でもビーズは本来、そんなに長持ちするものじゃないからね」

「えー」

 作っている側の人間が、しかも今まさに手先を動かしている最中に放つ言葉じゃないかもしれない。しかしどうしても、経年劣化でテグスが千切れ、ビーズがばら撒かれてしまう様子を想像してしまう。

「じゃあ……お婆ちゃん同士になるまでに、指輪壊れちゃうかもしんないの?」

「んー、日頃からずっとつけるようなアクセサリーだと特に……ね」

 ——私たち以外には、この指輪が永遠の約束を封じ込めたものと、簡単には理解されないのだろうという事実にはどこか優越感を覚えるし、それと同時に虚しさだって感じる。

 しかし、込められてる魂の濃度と重さで言えば、この指輪だって、十分祝福に値するものだ。


「じゃ、また作ってもらお」だが彼女にとっては、私という存在と、未来永劫ずっと隣に居られると——それこそが現実で、当たり前らしい。

「ん、いくらでも作るよ」

「それで、お婆ちゃんになってもさぁ、一緒にお菓子食べて、いっぱい色んなこと話して、疲れたら寝ちゃおうよ」

 彼女の噛み締めるような言葉。

 それは私が不用意に口走った、不躾なプロポーズもどきへの返事にも思えた。

「……うん」

「ずっとカッコいいままでいてよ。バリバリ仕事して、趣味でもアクセサリー作って、料理も作って」

「……善処しまーす」

「へへ、楽しみ。あ、でも……疲れちゃったら休もうね。一緒にたっぷり寝て、甘いもの食べよ。またクッキー作るから。美味しいって言ってくれてたやつ。だから、無理はしないでね」

 そばに居るのが彼女だったからこそ、私に対する周りからの嘲笑なんて、丸めて踏みつけて、全て過去に捨ててこれた。疎ましい後ろ指を全て笑顔で振り払える。

 ああ、だから。

 七年前この世に生を受けたビーズのうさぎに、今この世に誕生しようとしている二つの指輪に、常識に対して目を背け続けている昔の私に、私から絶対に目を逸らさない彼女に——誓って。

 誓いというより、それはむしろ、天への宣戦布告だろうか。

 神になんて、誓ってやらないから。

 それでも。

 そうだよ。

 私達は何も間違っちゃいない。


【了】

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