性格の悪いコンビニアルバイターの俺は、度が過ぎた天然巨乳美少女(バカ)にどうやら懐かれたようです

小蓮ルイ

第1話 春ー1

 春


 ピッ、ピッ、ピッ


軽快なレジの音を聞きながら、香ばしい揚げ物の香りが満たすこの空間。この日常が、今はいやに煩わしく感じる。


(はぁ……さすがに腹減ったな)


朝から軽い筋トレの後、ギリシャヨーグルトで適当に済ませて家を出た。

糖質の過剰摂取は、あとで眠気となって自分に返ってくるからだ。


だがその行動も見積りが甘かったようだ。

空腹感がひどい。

胃がガラ空きを訴えている。

ダイエット中の女子のようなことをした自分が悪い……にもかかわらず、イライラは消えるわけではなく。


「……。」


ため息をつくのをグッと堪えた。

今の俺はコンビニのレジ店員。

課せられている業務をこなすことに集中しよう。


腰に手を置いて軽く上向き伸びをすると、壁掛け時計が視界に入ってきた。


(……もうすぐ12時か)


12時にさえなれば休憩だから、あと一踏ん張りだ。

それにレジの電子音自体は耳障りだが、レジ打ちという単調作業は、コンビニ業務の中でも余計な体力は使わない。

声を出す作業でもあるから、眠気を紛らわすのにもそこそこちょうど良い。

ただ棒立ちになる時間帯もあるが、今は昼時。

客もそれなりにいる時間帯だ。


(不幸中の幸いではあるな……)


自分を慰めつつ、俺は目の前の客を見る。

仕事合間の作業員だろうか。

グレーの作業服に少し乱れた髪の中年だ。

カレー弁当とお茶をレジ台に置き、片手でスマホを操作している。


にっこり。

穏やかな笑みを作る。対人スマイル。

顔面の作りは自分でもなかなかだと自負している。

表情筋トレーニングの甲斐があったというもので、その作りを活かすべく穏やかな印象を与えている(はずだ)。


「1,520円になります」

「ペイペ◯で」


レジの画面をぽちぽちと操作し、差し出されたスマホをスキャンする。「ペイペ◯!」と甲高い音声が鳴って、会計終了。

現金ならこうスムーズにはいかないから、電子マネーさまさまである。


「ありがとうございました」


ありゃとした〜などではなく、しっかり発話し、頭を下げる角度も15度。

今にも腹と背中がくっつきそうな苦痛に耐えているとは思えないだろう。

我ながら今日も完璧にこなせている。


人当たりの良い好青年コンビニ店員。ついでにイケメン。

ーーこれが俺、篠崎志乃のアイデンティティだ。



持参弁当を軽く食べ終え、業務に戻った頃には人はまばらになっていた。あとは上がりまでそんなに重労働はなさそうだ。


なんて、安堵した束の間。


「ねえねえ、篠崎く〜ん、こっちいいかな〜?」


うわ。


脳内でつい反応してしまうほど苦手な同僚の呑気な声が聞こえて、また調子を崩しそうになってしまった。

そういえばシフト被ってたっけ。


その女、結城結梨はご自慢の腰近くまである金髪ブロンドのふわふわな髪を上下させて、小走りで近寄ってくる。結っているから、髪がぴょこぴょこと尻尾のようだ。


俺が着ているのと同じコンビニのイメージカラーの制服の上からも、張りのある膨らみが主張していてスタイルの良さが際立っている。

……髪以上に揺れているように感じられるのは、俺が男だからだろう。うん。

直視したら俺のパブリックイメージが崩壊するので、もう少し控えめにしてくれてもいいんだが。


と思いつつ、ぱたぱたとレジの内側に入ってくる結城に問いかける。


「どうしたの?また店長の無理難題?」


俺の言葉ににへら、と笑う結城は少し困ったように眉を下げた。


「違うよ〜。店長は全然関係なくて。あのね、私のことなんですけど……」


そういうと結城は真剣な表情でずずいと俺の耳の近くに顔を寄せる。


ふわりと髪から伝わる甘ったるい香り。

多分シャンプーかなんかだろう。

アンドハ◯ーのような蜂蜜系の類の香りだ。

相変わらず距離感が近すぎる。

制服から覗く白い首筋にうっすらとした汗が見える。

俺の気にしすぎなのか?

高校時代は女子と距離がここまで近いことはなかったし。

とはいえこいつに女子に慣れてないとか思われたくはなく、平然を装う。


「あっ、やっぱり耳元で話すことはないんだった」


察してくれたようでパッと身体を引いた結城優里は、相変わらず困ったように眉を下げる。甘い香りが遠のいて、俺の嗅覚はまた数メートル左に陳列されている◯チキに支配される。


「ごめんねっ、篠崎くん」


やらかした後はこうしていつも反省する素振りを見せるから、なかなか座りが悪い。


「大丈夫だよ。俺よりもさ、結城にとってあんまり良くないんじゃないの」


「え、私?なんで?」


きょとんと不思議そうに首を傾げる結城結梨の金色の前髪が、さらりと目にかかる。

澄んだ淡い瞳には、子供みたいな純粋な疑問が浮かんでいた。


じっ。

見つめられる。


俺は貼り付けてある笑顔を崩さずに、頭の中で声を大にして言うことにした。


(……お前が俺を誘惑してるように見えるからだっつのこの相手のことを考えないバカ女〜)


「……」


とはいえ俺がそんなこと言ってたら勘違いもいいところだ。

自分のことを好かれてると自覚してるムーブは鼻につきすぎる。同性相手には特に。


そもそもこいつだって女子高生だ。女側が大して親しくもない男に近づくなんて、同性のウケはすこぶる悪くなることなんざ、分かるだろう。


わざとやってるのか?俺のこと好きとか?

……って、それならこんなあほヅラで見つめてくるわけがないか。


なにより俺は、こいつにとって頼れるバイト仲間であり、好青年男子だ。

そのイメージに沿う回答をしなくてはならない。

自分からもしかして俺のこと好きだよな?なんて言えば、イメージの崩壊。退職届の提出は避けられない。

そして、ここで働いていた事実を俺の脳内から消し去るな。


「女子って距離近いの嫌だろ?普通さ」


動揺を隠すように、レジ台をアルコールスプレーで吹きかけながら答える。

すると、結城は意外なことに即座に反応を見せなかった。


なぜか無言の間が気になる。

シュッシュ、と無駄にアルコールスプレーを追加して、布巾で念入りに拭くことでやり過ごした。


「そう、だね。女子は、そう……なのかな?」


ようやく聴こえた言葉はひどく曖昧なものだった。

はっきりしろ。


やっぱり俺から結城優里に近づくのは、今後もやめておくとしよう。

まあ、もとよりそのつもりなんだが。


俺は、極力人の警戒心を育みたくない。

そのためには、まず領域侵犯をしないこと。

これが原則なんだ。


こいつが相手じゃなくてもそうだ。

俺はいつ何時でも、その原則を念頭に置いている。


俺には深い人間関係なんかいらない。

俺は、俺のことを守っていられればそれでいい。


レジ台が拭きおわる。

--清潔感は何より大切だ。

綺麗に蛍光灯を反射する手元を見て、俺は言いようのない安心感を覚えた。

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