三話 コハクとハヤテ

 その社は、山の麓にある大きな神社だった。参拝客に混じり、登山の格好をした人達もちらほらいる。事前にざっくりと調べた感じではこの神社、御神体が山そのもので、しかもその山は登山コースにもなっているとか。


 山の頂上に奥宮が鎮座しているというのは、よくあることだが、まさか登りやしないだろうなと気が気でなかったが、それとなくミナモに聞いてみると、そこまでしなくていいということだったので一安心。私たちは駐車場からまっすぐ拝殿を目指し進んでいく。


 入り口の鳥居のすぐ前には立派なもみの木が生えていて、小さな社が立てられていた。ミナモは天を仰ぎ、木に向かって手を振りはじめた。


「あー!ミナモちゃん、久しぶりじゃない!」


 天から声が聞こえる。声の方から二つの影がスーッと地上に舞い降りてきた。


「久しぶりだな!コハク、ハヤテ!」


 降り立ったのは、二人の少女だった。ミナモはその二人の少女とキャッキャウフフなハグを交わしている。まるで夏休み明け久しぶりに会った友達との再会を喜んでいるようで、なんだか青春の一ページを見せられているようで、三十路を過ぎた私にはそれはそれは眩しく見えたものでした。


 どうやらこの子達もミナモ同様、神様関係に違いないのだろうが、この接し方からしておそらく同じ位の立場なのだろう。


「聞いたよ〜、お役目を仰せつかったんだってね〜」


「あぁ、そうだ!水神様から仰せつかった大事なお役目だ」


 穏やかにのんびりと話すミナモと似たような格好をした女の子。髪は光沢のある白く長い髪に、龍の角が生えていた。


「これから旅に出るんだろう?いいな〜私も旅したい」


「ハヤテよ、貴様もお勤めとあらば全国を飛び回っているではないか」


「あれは旅とは言わないってば。私も人間と旅したいな〜。楽しそうじゃん」


 もう一人の少女は、修験道の人が来ているような服に身を包み、黒い髪を束ね、天狗らしきお面を頭にかけていた。修験道の子がハヤテで、白い龍神の子がコハクね。よし、把握。


 ひとまず、再会を喜ぶ彼女達の邪魔もしたくないので、四方山話が終わるのを待ちつつ、神社の鳥居とその先に広がる杜を私はぼんやりと眺めていた。


 どこの神社もそうだが、大きな神社ほど杜が深く青い。手入れが行き届いた参道を見ても、崇敬が厚いことが窺い知れる。


「紹介しよう、この人間が私と一緒に旅を始めた榊珠江だ」


 四方山話が終わったらしい。私は二柱の神に向き直り、姿勢を整え首を垂れた。


「はじめまして。榊珠江と申します」


「あなた、ずいぶん若く見えるけれど、二十歳ぐらいに見えるけど、落ち着き方がずいぶん大人なのね〜」


「本当だ。聞いてた話とは違うな。こんな若くて可愛い子だったとは」


「崇拝します!」


 私は反射的に二柱の手を握り、宣言してしまった。三十路過ぎてからこんな事を言われると、嬉しくてたまらない。二柱は一瞬キョトンとしたが、その後子供のように大いに笑った。


「まったく、ミナモは私以外の神には礼儀正しいんだな。私にももう少し礼儀正しくしても良いと思うが?」


「あんたはいいの。旅の相棒にそんな気を使いたくないし」


「相棒とな?むむむ、そう言われると。強くは言えない」


 案外ちょろいな、この龍神は。


「コハクとハヤテはこの神社の神々に使える神々だ。コハクは龍神様方に、ハヤテは道別の大神様に仕えている。人間社会で例えるなら、同期みたいなものだな。以後、この神々も見知りおけ」


「はは、承知いたしました」


「ミナモちゃん、まずは大神様にご挨拶いくでしょ?私たちも一緒に行っていいかしら?」


「あぁ、もちろん。ついでに、珠江にこの神社を案内してやってくれ」


 「もちろん、喜んで」と、コハクは満面の笑みで答えた。私達はコハクとハヤテに案内され、拝殿へと向かった。鳥居前で一礼し、神域へと入る。鳥居を潜り抜けて感じる清らかさよ。ただでさえ山の中ということもあって空気は澄んでいたが、鳥居の内側、神域に入って澄み渡る清らかさを肌で感じる。


 長い砂利道の参道を抜け、拝殿へと向かうと、参拝客がまばらとなり、まるで潮が引いていくように人が拝殿前から去っていった。


「ミナモ、そして珠江よ。神力で人払をしておいた。ゆるりと参拝されよ」


 ハヤテはニッコリとした笑みを浮かべた。だが、はて?人払とな?


「ハヤテ様、その人払とはどういうことでしょうか」


「気づいただろ?人の意識に干渉し拝殿前から少しの間離れてもらった。この神社に祀られる神々は、二人を歓迎しているのだ」


「コハク。配慮、痛み入る」


 ミナモは私の手を取り、浅く広い石階段を上がっていく。立派な神社。実に荘厳だ。


「道別の大神様へ想いを伝えたくば、しっかり心で念じよ。私が取次をしている故、必ずや想いを届けよう」


 ハヤテは本殿へ向き直り、呼吸を整え目を閉じた。手には何かしらの印を組み、精神を研ぎ澄ましている。


「珠江よ、文句もあるだろうがこうしてここに参拝できたことの感謝を伝えよ。そして、願え。己はいかなる道を進めばよいか。ずっと感気ているのだろう?」


「ミナモにはお見通しか。確かに、私はまだまだ色々悩んでますからね。でも、水面の言う通り。まずはお礼は言わないとね」


 柏手を打ち、深々と礼をし、静かに想いを伝える。私はミナモという龍神と旅に出ることになり、おまけに私のやりたいやり方だ神の存在を知らしめせという、ありがたくも迷惑なお役目までいただいてしまった。


 神を知らしめる方法を、私は持っている。だが、問題は方法はわかっても、私の力では知らしめるだけの力がないことだ。


 そう、私が神知らしめるために思いついたのは、神の物語を紡ぐことだ。よりわかりやすく言えば、小説を書くということになる。だが、私に神を語れるだけの文章力があるのだろうか。そして、書いたところで、一体誰が読んでくれるというのか。


 私は過去にも小説を書き上げ、コンクールにも度々応募し、その全てで見向きもされなかった過去がある。SNSや投稿サイトを利用してみても、結果は同じだった。どれだけ心血を注ぎ、命をかけて物語を書き上げたとしても、評価を得られないどころか、閲覧さえされていない現実に打ちのめされた。


 簡潔に言えば、私もまた数多くいる夢破れた人間の一人にすぎない。その上、生活するためには思った以上に金もかかれば労力もいる。生きるだけで精一杯でいつしか夢を見ていたことも忘れ、あるのは絶望と無気力に包まれる暗澹とした日々だった。


 それが、どうだろうか。神社にお参りしたことで、現実がこれほど変わるとは夢にも思わなかった。急転直下なんてものじゃない。私はまた筆を取る機会を得られた。

 

 想いを言葉に変えれば、川の流れのようにとめどなく溢れてくるが、私はその想いを静かに心の中に沈め落ち着かせる。そして心の中で念じる。


 導いてくださり、ありがとうございました、と。

 



 

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