五話 龍神との邂逅

 私は目の前に立つ謎の存在を伏せたまま見上げる。


 明らかに人間ではない。けれど、その声、この背格好。16歳くらいの女の子のように見える。だが、話し方は間違いない。私を呼んだ謎の声の主の話し方だ。


 あなたが私を呼んだのですか?そう聞きたいのだが、気が動転してうまく声が出ない。それを察したのか、謎の存在がゆっくりと口を開いた。


「我が呼びかけによくぞ応えた。我が名は“ミナモ”。この地に祀られるいにしえの龍神様の眷属が一柱、水龍すいりゅうのミナモである」


 水の龍神・・・。目の前の少女はそう言った。


「貴様の言い分、しかと聞き届けた。・・・苦労をかけてすまなかったな」


 柔らかく、深みがあり、慈愛に満ちたその声に、私は耳を奪われ聞き入っている。


「カミからの自立を欲した人間の願いを受け入れ、結界の内に隠れおよそ三千年・・・。我らは見守ることしかできなんだ。だが、忘れるな。カミは人間を見捨てたわけではない。今、結界は解かれ、再びカミとヒトとが共に歩む時代が到来した」


 え?なんですと?結界?神と人が共に歩む?


「出番だぞ、小娘。私と共に、世を建て替える大業を成せ!」


「小娘⁈大業⁈はぁあ⁈!!」


「えっ・・・、あれ?」


 しまった、よりによって心の声が出てしまった。龍神様も、目をキョトンとしてこちらを見ている。気まずい。


「あー・・・。その、なんと言いますか・・・。ほらっ、突然の出来事で、何が起こっているかわからないというか、そんな感じです!」


「あっ・・・。そう・・・だよな、突然顕現したしな・・・、そりゃ、驚くよな・・・」


「はい・・・。そんな感じで・・・」


 どんな感じだよ、全く。自分自身に思わずツッコミを入れてしまった。頬をぽりぽりとかく。龍神様も、目を逸らし、頭をポリポリかいている。


「だ、だがな、私はお前に感謝しているのだ。“カミバタラキ”ができる人間はそうはおらん。私の声が聞こえた貴様だからこそ、こうして顕現したのだ。だから小娘!私と共に働いてくれ!」


「小娘だぁ?!」


「えっ・・・、あれ?」


 しまった、思わず吠えてしまった。こっちからしたら、この龍神様こそ変なコスプレでもした小娘に見えてしまうというのに、そんな小娘、いや、龍神様に小娘などと言われて反抗してしまった。


「あっ、すまんな。呼び方が悪かったな。生娘きむすめがよかったか?」


「お下品!なんてこと言うの!最低!」


「あっ、ごめ・・・」


「人の気も知りもしないで、好き勝手言うんじゃないわよ!」


「何を無礼な!私は歴としたカミだ!龍神だ!ちっとは敬え、崇めたてまつれ!」


「だったら、そんだけの神徳を見せんかい!」


「見て分かれ!この出立!神々しいことこの上ないではないかっ!」


「知るか!中身の問題だ!」


「おのれーーー!」


 神聖な神社にあって舞殿で繰り広げられる不毛な喧喧囂々けんけんごうごうの言い争い・・・。これが私と龍神ミナモとの出会いだった。いつしか雷も雨も止み、陽光が社を照らす。空は天高く晴れ渡り、まさに日本晴れであった。


 




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