第4話


水瀬雄介のことは、高校一年生の時から知っていた。



体育館の天井に反響する歓声を背に、彼はコートの中央でボールを受け取り、一瞬のフェイントで相手ディフェンスをかわすと迷いのないフォームでジャンプ。


指先から放たれたボールは、まるで軌道が最初から決まっていたかのように美しい弧を描き、ネットを揺らす。


ただ得点を積み重ねるだけじゃない。その一投一投に周囲は目が離せなくなる。彼のプレーは、時に会場の空気を支配してしまうほど。



バスケ強豪校の四ノ宮高校で一年生の時からスタメン入りをしていた彼。


練習試合や地区予選で狙える点を確実に抑えに行く姿を見て、こういう選手が味方だと心強いだろうなと思っていた。


何度かうちの高校と練習試合をしたことがあった。水瀬雄介を一目見たいとバスケ部以外の女子も試合を観にくるという現象がその度に起き、とにかく目立つ人だな、という印象を抱いていた。


それはあくまでも一方的な認知。それ以上の関わりはないと思っていた。




高二の春。


練習試合で四ノ宮高校を訪れていた私は、試合中に捻挫をしてしまって保健室を訪れていた。



カラカラ、と音が鳴るドアを開けて、その奥にいた先生に声をかけた。


「…すいません、バスケの練習試合で来たんですが、試合中足を捻挫したみたいで」



母より少し歳上だろうか。保健室の先生は「あらあら、痛そうねえ」と優しく声をかけながら手当てをしてくれた。



「どこの高校の生徒さん?」


「清涼高校です。」


「清涼の生徒さんってことは、そんなに遠くはないと思うけど、この足で帰れるかしら」


「痛いですけど、わざわざ母に迎えに来てもらうのも難しいですし、たぶん駅まで歩けるので大丈夫です」



確かに足は痛いけれど、全く歩けないというわけではない。電車に乗って帰ることは出来るはず。



「そう?でももうちょっと冷やしてから帰った方がいいわ。私今から会議があるからちょっとだけ留守番お願いしてもいいかしら?」


その間足を冷やしてて、と言って、先生は保健室を後にした。




保健室とは無縁の健康児な私が、他校の保健室でお世話になるとは。




試合、どうなっただろう。勝ったかな。


保健室の窓越しに桜が散る様を眺めながら、そんなことを思った。


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偽りのライラック @kimiyomu6858

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