縁結学園
仁里かねて
二人の少女 1
「人は、恋をするために生きている」
静かな声が体育館中に響き渡った。
校長の挨拶が終わり、壇上に校長と入れ違いになるように上がって来た着物姿の女が、開口一番そう言った。
「諸君。恋は好きか。人は好きか。愛を知っているか。私は恋愛こそこの世で最も尊く、美しく、素晴らしいものであると思っている。君達にはこの学校でそれを真に理解して貰えることを望む。以上」
拍手が体育館を満たした。
新入生は誰も拍手などしなかったが、壁際に並んでいる教職員、俺達の後ろに座る上級生達、そして校長の前に挨拶をしていた生徒会長までもが、もれなく惜しみない拍手を送っていた。
自己紹介もなく、入学式のプログラムにも記載されていない挨拶だったので、彼女が一体誰なのかその日は分からなかった。
だが彼女の言った言葉の意味は、すぐに理解することになる。
「えー。このクラスの担任を受け持つことになった三崎だ。よろしく」
入学式だというのに上下ジャージで式に参列していたちょっと頭のおかしい教師がそのまま俺達の担任になった。
「高校生にもなって長ったるい初めの挨拶などいらんと思う。だから俺は、この学校の一番の特徴について話すことにする。先ほど姫がおっしゃっていたことだ。まずは教室の後ろにある掲示板を見て欲しい」
首を後ろに向けながら姫って誰だと思った。
掲示板には名前がずらりと並んでいた。
ほとんどが知らない名前だったが、1―Cという俺の所属するクラスの下に俺の名前が見つかったので、これがこの校内の生徒の名簿なのだと分かった。
上段中段下段と分かれており、下段の左から三番目、その初めのほうに俺の名前、
視線を教室の佐金に向けるとひらひらと手を振り返して来た。
こちらも軽く手を上げて返しておく。
「この掲示板はすべてのクラス、全教室にある。校内のいくつかの場所にも設置してあるので気が向いたら探してみるといい」
「先生。この掲示板に一体何の意味が?」
手を挙げて質問したのは、
おそらく教室内の誰もが思っていることだろう。
「えー君は……。橘君。橘八宵君だな」
三崎が手元の出席簿と八宵の席の位置を見比べて、八宵の名を確認する。
「君はこのクラスの……。上尾。上尾優。彼に惚れているのだな」
教室中が静まり返る。
一斉に視線が八宵と俺に集中する。
「諸君。掲示板を見たまえ。上尾と橘の名前の横を見るといい。マークがあるだろう」
教室内の視線がすべて再び掲示板へと向けられる。
さっき見た時に気付いていたが、俺の名前の横には薄い青色の矢印があった。
八宵のほうを確認すると、同じく薄い青色のハートマークが描かれていた。マークの中に数字が記入されている。
あれは……俺の出席番号か? 多分そうだ。
再び矢印のほうを確認すると、こちらにも同じく数字が入っていた。こっちは八宵のか。
「名前の隣にある矢印は誰かに惚れられていることを、ハートマークは惚れていることを示す。中に出席番号が入っていて、色によってクラスと学年が分かる」
三崎が加えて解説をした。
掲示板をよく見ると、一年の段にはちらほらと、二年から上はほとんどの名前にどちらかのマークがついていた。マークの色はバラバラで、まるで万華鏡のようだった。
「色は全部で五色。赤、黄、青、緑、紫。そして学年ごとに色の濃さが違う。学年が上がるにつれて色は濃くなっていく。これにより、どこの誰が誰に惚れているか、一目瞭然で分かるという訳だ」
その言葉を皮切りに、教室は騒乱に包まれた。
最初は小さなざわめきから始まり、次第次第に大きくなって、最後には誰が何を言っているのか分からないほどの惨状に変わった。
この教室が一番初めであったというだけで、他の教室も時間差で同様の騒ぎが起こっていた。
すべての教室でパニックが起きたところで、校内放送が響き渡った。
「諸君。今一度問う。人は好きか。恋は好きか。愛を知っているか。人は恋をするために生きている。どうか諸君らも恋を楽しんで欲しい。以上」
学園生活が始まった。
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