俺たちがハッピーエンドを迎える方法
那やかん
第1話 深井戸瑛太は臆病になった
七年前――ある晴れた冬の日の夕方。小学3年生だった妹の
俺の目の前で。
優奈を突き落としたのは俺よりも上の6年生たちだった。
そして、奴らは俺が暴力によって成敗したことのあるいじめっ子たちでもあった。
人は、どうしたら相手に一番ダメージを与えられるのかをよく知っている。俺に勝てない奴らが、復讐をするために選んだのは俺の妹だったというわけだ。
助けようと川に飛び込もうとした俺の身体を彼らは引っ掴んで邪魔をした。彼らは水面で起こる小さな飛沫よりも、地面に這いつくばる俺の姿を見てニヤついていた。
それでも何とか飛び込んだ川の刺すような冷たさに、妹が今もなお晒され続けている事を理解し肝まで冷えた。
溺れる妹までの距離があまりにも遠く長く感じられて泣きそうになり、それでも助けられるのが自分しかいない事実に世界が終わるのではないかと思った。
無我夢中で辿り着いた優奈の身体を河川敷まで引っ張りあげたとき、その身体に意識はなくぐったりとしていた。
結果として幸いだった事はいくつかある。
通りすがった人がすぐに救急車を呼んでくれたこと。極寒の水中に急に入ったせいで優奈の意識はショックを起こし無呼吸状態になったこと。そのお陰で肺に水が入らなかったこと。そして、俺が水泳を習っていたこと。
様々な偶然が重なり、奇跡的にも優奈は一命を取り留め後遺症も残らなかった。
最悪だったのは、俺が呆気なく復讐されるような不完全なヒーローだったということだ。
あの日のことはあまり憶えていない。病室で寝ている妹を眺めていたときですら、何を考えていたのか思い出すことさえできない。
ただ、その後に得た溺水の知識とテレビで目にした水難事故のニュースの数々が、時おり夢に出てきては病室の光景をバッドエンドに変える。
その夢は忘れた頃にやってきては、鮮明に妹の冷たい体温を指先に思い起こさせる。
自分が愚かな偽善者でなければ、あんなことは起こり得なかっただろうという結果だけが、汗だくで目覚めた俺に指を突きつけてくる。
家族が死ぬ夢ほど恐ろしいものはない。それが自分のせいだった時ほど苦しいことはない。あまりにも恵まれた奇跡の数々に感謝するよりも、それを引き起こした自分の馬鹿さ加減に身体をを丸めて過呼吸に耐えるほうがずっと楽だった。
あの日以降、俺はそれまで頑張っていた全てを辞めた。そして、できるだけ自分の周りに害が及ばないことを祈ってひっそりと過ごした。
それでも、不意に取った自分の行動が誰かに取り返しのつかない何か及ぼしてしまっているのではないかと恐怖に駆られる。
その恐怖はやがて、俺を臆病にさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます