「」/境界
結城綾
「」/境界
中学までの私は、小説とは縁のない人生だった。勉強もせず、毎日を学校と部活で終わる日々。今思えば、無味無臭の人間だった。一応趣味としてゲームをしていたが、ただそれだけ。本当に、何もなかった。
高校生になってから、とある小説を読むことになる。以前から存在は知っていたが、読む機会をなかなか作れなかった。ある日、たまたま時間が空いていた私は、その本を読む。そして、その本が良くも悪くも私の人生を狂わせることになる。
名は、
空の境界は、1998年にWebで掲載された、いわゆる同人小説と呼ばれるモノだ。作者は、奈須きのこ。後に、月姫やFate stay nightを世に出した人物である。サークル名はTYPE-MOON(ファンの間で型月と呼ばれている)。本書を奈須きのことイラストレーターの武内崇が共同で製作している。
月姫で有名になった型月だが、空の境界のファンも非常に多い。
余談だが、アニメ「鬼滅の刃」の製作会社であるufotableの危機を救った作品なのも、知る人ぞ知ることだろう。
1999年にコピー誌版をコミケにて出版、2001年に同人版が完成する。同人版の装丁は、著者の愛する講談社ノベルスを模したモノ。そして、同人版をきっかけに、とある編集者が目をつけることになる。太田克史、当時講談社文芸第三出版部に所属していた編集者だ。
太田克史はゼロ年代の象徴だと、私は思う。
彼はかつて、西尾維新、舞城王太郎、佐藤友哉、竜騎士07などの担当編集をしていて、ファウストという雑誌を立ち上げた人物。なんと、一人で雑誌編集を担当し、DTPを取り入れ界隈で大きな話題となっていた。まあ、「太田が悪い」という迷言も存在するぐらいには、唯我独尊でもある。良くも悪くも日本の小説史をかき回している、そんな印象だ。そんな彼は空の境界にも目をつけた。奈須きのこは当初、依頼を受ける予定はなかったそうだ。だが、太田克史と笠井潔(奈須きのこが大のファン)の計らいにより、出版をすることになった。
さらに映画化も太田克史によるものである。もはや、間接的に世界を変えているレベルだ。抑止力(※型月用語)なのだろうか、彼。
満を辞して講談社ノベルスにて発刊された空の境界。限定愛蔵版も5000部限定で売られたが、即完売。ノベルス版は売れに売れた。後に文庫版も発売されて、2008年には未来福音が同人にて発表。これも星海社にて文庫化した。
ちなみに、太田克史は現在この星海社で代表取締役社長兼編集者として、今でも最前線で活動している。彼の行動は賛否が生まれやすいが、私はこの人が結構好きだ。一度会ってみたいと思っている。
閑話休題。
2018年には20周年記念版が発売され、これもまた限定愛蔵版5000部。当然即完売。これも私以上のファンがいるからこその賜物だ。
2025年になった今でも、何かと話題になるこの小説。世界で六冊しかないコピー紙版が、オークションで約五百万にて落札された。コピー紙に五百万と思った方、少なからずいるだろう。しかし、TYPE-MOONのファンならそれぐらいのお金は安い方なのだ。これに限らず、コレクター品の値段を決めるのは、いつだって消費者。芸術作品と遜色ないと私は考える。
さて。ここからは、小説の概要を簡単に書いていく。
交通事故に遭い意識不明になっていた主人公、両儀式。目が覚めると、記憶喪失と引き換えに不思議な力に目覚めていた。それは直死の魔眼。人やモノなどを対象に点や線が見えるようになり、線をなぞったり点を突くと、殺すことのできる能力。つまり、あらゆるモノの死を見ることが出来る、ということ。以降式は、あらゆる事件に巻き込まれることになる。代表的な台詞は、
「―――生きているのなら、神様だって殺してみせる(空の境界 上 講談社文庫 p295)」
かっこいい。とにかくかっこいい。厨二心をひたすら燻られる。TYPE-MOONが提供する作品は、どれもだいたいこんな感じ。他にも、魔術やら魔法やら吸血鬼もTYPE-MOONの定番。中学生の頃に出会ってなくてよかった──。高校生でも致命傷レベルなのに、中学生で出会っていたらと思うと……話を戻そう。
全七章で構成された本作は、複雑な時系列で出来ている。先ほど説明したあらすじ、実は第四章を元に私が書いた。そう、本作のミステリ要素の一つである、時系列関連。
時系列を順に並べると、第二章/殺人考察(前)、第四章/伽藍の洞、第三章/痛覚残留、第一章/俯瞰風景、第五章/矛盾螺旋、第六章/忘却録音、第七章/殺人考察(後)である。──うん、初見じゃ分からないよね。欠点に捉える人も少なくなさそう。
私としては、一周目を章順で読み進めて、二周目から時系列順に読むことをオススメしている。
理由としては、やはり著者がワザと時系列をバラバラにしているのが大きい。ミステリ好きなのもあって、情報の出し方が非常に巧み。頑張って、まずは最初から読んでみよう。二周目に時系列。慣れたら台詞だけでなく、地の文も暗記してみよう(暴挙)。すみません、そこまではしなくても大丈夫。
また、第一章を読んで「これ面白い?」と思った方。大人しく読むのをやめて、別の本を読みましょう。
というのも、第一章でかなり振るいにかけている印象が強いから。主人公のヒロイン(男だけど)の黒桐幹也とヒロインの上司である蒼崎橙子の掛け合いが多く、また主人公が戦うシーンも割と短め(それでもカッコいいぞ、台詞ホントに良い)。ページ数も、短編ぐらいの長さ。文庫で78ページ。長すぎず、短すぎず。なので、まず一章を読んで脳を焼かれた方は、二章以降を読み進めよう。
これを読んでから、私は講談社文庫や講談社ノベルスの本をとにかく買い漁った。著者の影響を受けた作品を筆頭に、とにかく小説を読んだ。新本格ミステリだったり、メフィスト賞と呼ばれる特殊すぎる新人賞を知った。
そして、いつの間にか小説を書き始めた。それに熱中するあまり、ろくな大学にしか行くことができず。結果、今を生きている。
好きは狂気の沙汰ともいえる。好きでここまで道を外れることになるとは思っても見なかった。でもまあ、そんな人生も悪くない。小説一つに人生を変えられるのも、悪くない。
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