此岸花

Kei

此岸花

社会からも他人からも自分からも離れたくなる

或いは今の自分を捨てて別の場所でやり直したくなる

たとえ状況に不満がなくても



あるでしょう? そういう気持ちになることが。あなただって。


だから車を走らせました。

深夜の湖は静かで、誰もいませんでした。

崖から見下ろす水面は真っ黒で、見えているけど見えない。

まるで夢のようでしたね。


そのまま飛び込みました。別に怖くはありませんでしたよ。


さっきも言ったような気持ちです。

でも、もしかしたら、単にやる事が無くなったのかもしれませんね。暇すぎて。

自殺する以外に。




息を止めて沈んでいきました。



しばらくすると、急に周りが明るくなってきました。

どうも水面に浮かんでいたんですね。


周りは霧がかかっていて、さっき飛び込んだ湖とは思えませんでした。

そのまま漂っていると、水面に沢山、花が咲いているところに流されました。

沢山といっても、赤い花と黄色い花ばかりでしたね。どちらも妙に大きくて、水の上に浮かんでいるというより、水の下から覗いているように見えました。



なんとなく、黄色い花に手を伸ばしました。どちらでもよかったんですが。


それからのことは、ちょっと思い出せないですね。

気が付いたら湖岸に立っていました。



それで…


ずぶ濡れのまま、車に乗りました。


え? 帰ったのかって?


いいえ。帰りませんでしたよ。

そのまま出発したんです。全く知らない場所に。


ああ、それは大丈夫です。家族も会社も心配したり、探してたりはしません。



もう20年も前の話ですよ。


あったあった。これがその時の記事です。取っておいたんですよ。



—〇〇県▢▢湖で男性の死体あがる—


これが私です。



何もかも新しくなりました。


満足しているかと聞かれると、わかりませんね。

またそのうち別の場所に行きたくなるのかもしれない。


でも、時々不思議になるんですよ。自分は一体どちらにいるんだろうって。

今の家族にしても、一体誰なんだろうって。



ところで、あなたは何処から来たんですか? 何処にいるんですか?

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此岸花 Kei @Keitlyn

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