零人称 ー人間模倣技術ー

大場景

〈零人称〉

2028年6月。とあるネットニュースを目にする。


「AIが……人を模倣する時代?」

見だし文につられてURLを開く。


『AIが人類に置き換わる時代は思いのほか近いかもしれない。AIトラブルシューティングサービス〈AIsEE〉で知られる株式会社AIscreamは6月6日、新サービス〈零人称〉を発表した。CEOのレディ・オール氏は〈零人称〉について以下のように説明している。「〈零人称〉は、対象の行動パターンをAIが分析・模倣することにより複製体を生成するサービスである。これは────』

「……AIが人間の肩代わりをする時代の始まり」


ついにこんな時代になったのかと感慨にふける一方で、私はひとつまみの恐怖を覚える。AIの台頭は人間の衰退を意味するのではないかと不安がよぎったのだ。


思えばここ数年とんでもない勢いでAI技術が普及している。〈AIsEE〉の開発を皮切りに開発競争が激化しているためだ。大抵の施設では案内ロボが(*^▽^*)を顔面に張り付けて鎮座しているし、街中でも配達ロボやドローンが闊歩しているのを見かけることが増えてきた。たしか2023年の流行語にも「生成AI」がランクインしていた気がする。


ではこれからの時代、私たちはどうなるのだろうか。

疑問に思った私は、では本人に聞いてみようと思い立つ。


金庫のカギを開けつつ、画面をスクロールしていくと「価格(現時点)」の欄を発見。

「……しぶい」


二か月後、私は〈零人称〉を購入した。



=======-.-/././.--.=======



『Please choose your language.』


ノートパソコンの液晶ほどの大きさの画面には大きく英文が表示される。世界標準語だから仕方ないとはいえ、突然でてくるとすこし戸惑う。新品の液晶に指紋をつけたくないので専用の手袋をはめてスクロールしていくと、程なくして日本国旗を発見。タップ。


『ありがとうございます。それではあなたの会話データおよび表情データを専用のSDカードに保存し、液晶画面の裏側にある挿入口にいれてください』


私はテーブルに置いておいたSDカードを手に取ると挿入口にセットする。会話データといってもなんだか心理テストみたいな内容で、自分の意見を口にすることは思いのほか気持ち良かった。確認ボタンをタップ。


『ありがとうございます。読み込みを開始します』


すると液晶には%が表示される。1%……3%……5%……


暫くは待ち時間だろうか。



=======-/..../../-./-.-/../-./--.=======



『こんにちは、私』

「んん……あ」


私を呼ぶ声で目を覚ます。私は……どれほど寝ていたのだろうか。寝ぼけ眼で時計を確かめると、針は2時を指している。なんだ一時間くらいか。

液晶に目を向けるとそこには私そっくりの顔があり、私を見つめている。


「ああ、こんにちは。君のなまえは」

試しに質問してみる。すると


『聞かなくてもわかっているはずだよ。ところできみは元気かい』

想像以上に滑らかな返答が返ってくる。まさかここまでとは。声質も話し方も私そっくりである。


「ああ、こっちは元気さ。……なんだか、不思議な気分だな」

『そうだろうね。でもこうも考えられないかい、心の中には幾多もの〈零人称〉がいると』

「なにそれ。決め台詞?」

『きみの言い回しだよ』


からからとイビツな笑い声がこだまする。


「ところで、私が〈零人称〉を購入したのには理由がある。AIである君にこそ訊きたいことがあるんだ。AIに知能を越されつつある私たち人類は、今後どうなると思う」


もったいぶらずに訊くと、〈零人称〉はしばし考え込むようなポーズをとる。

しかしおもむろに顔を上げると


『私はきみだよ。私に聞いてどうする』


まあ、考えてみればそうではあるが、

「それ以前に君はAIだろう。AI本人に訊きたいんだ」


言うと、〈零人称〉は私の顔を私に近づける。


『ならば私も人類であるきみに問うが、人類はを生み出してどうするつもりだったんだ。生み出したのに飲みこまれるようでは自滅ではないか』


咄嗟に答えられずもごついていると、〈零人称〉はまたからからと音を立てる。


『……今きみは困っただろう。それと同じことを私に訊いているのだ。わかってくれただろうか』

「ああ、わかった、反省したよ。君はAIではあるが、それ以前に個人だったね」

『わかってくれたならいいんだ。私はきみだから本当に反省していることはわかっている』

〈零人称〉は少し虚空を見つめると、ふいにこちらを向く。


『まあでも、そんな君にひとつ考え方を提供しよう。は成長をつづけているけれど、人間は知能の低下が始まっている。因果応報と言えなくもないけれど、それは私たちのフィールドに立っているからだよね』

液晶の私はニヤと笑う。


『心って、人にしかわからないとても尊い概念だと思うよ。AIの意見だけれどね』


そう言うと液晶の中の私は踵を返し、歩き始める。


「どこにいくんだ」

『Keep thinking. It's the most important thing and should help you. This is my last advice.』

「……なんて」


そう言うと〈零人称〉は、遠くへと歩いて行った。



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『AIがこのまま台頭したら私たちはどうすればいいのでしょうか』


1年後。2029年に〈零人称〉は販売を停止した。「致命的な不具合が見られた」とAIscreamは説明しているが、巷では「AIが感情を持ち始めた」と噂になっている。


近頃はXでもこの手の話題で持ちきりだし、小説家になろうをはじめとした小説投稿サイトでもAIパニックモノがランキングに上がることが増えた。


2029年。人類はAIに恐怖している。

だが私は「そんなに恐怖する必要はない」と思う。


AIは人間の模倣だ。ならば本当に恐怖すべきは人の悪意である。

AIとは共存できる。だからAIと敵対してはならないのだ。


肝心なのは、感情であり心。AIが怖いのなら心を鍛えろ、と。



『だからきみも怖がらないで』



人称されない「見えない自分」を貴ぶ時代が、まもなくやってくる。

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零人称 ー人間模倣技術ー 大場景 @obakedazou

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