第3章:沈黙の産声 − 神を生む器として
その日、村の空は、鐘の音に満ちていた。
真央の誕生は“神の子の降誕”として語られ、
信徒たちは涙を流して喜び合った。
幾百の手が空へと伸び、「おおこがね様の祝福だ」と叫ぶ声が、山々にこだました。
——だが、その中心にいた女は、静かだった。
産褥の床に伏す弥生は、胸の上にそっと置かれた赤子を見つめていた。
小さな瞼。閉じた口。わずかに動く吐息。
生まれたというのに、「この子が自分から生まれた」という実感はなかった。
“誰の子か”などという問いは、とうに沈めていた。
それは問いではなく、最初から答えのない諦念だった。
***
「おめでとうございます、弥生様……」
若い信徒が涙をこぼし、深く頭を下げた。
背後では、御神体に金を供える影が揺れている。
「神の声が、この子を選ばれたのですね……」
弥生は、微笑んだ。
口角を持ち上げる、その小さな動きだけが、
かろうじて自分を“人間”に繋ぎ止めているように思えた。
(選ばれたのではない。選ばせたのだ——あの人が)
幼い頃から繰り返し聞かされた言葉が、耳の奥で囁く。
“お前の使命は、声を受け取り、つなぐことだ”
ふと、赤子がうっすらと目を開けた。
その瞳は、あまりに無垢で、何も知らなかった。
弥生は、胸の奥がきしむような痛みとともに、その瞳を見つめ返した。
「……どうか、私を赦して」
その声は、息にもならず、誰にも届かなかった。
***
外で太鼓の音が打ち鳴らされた。
歓声がさらに高まり、母屋の天井が震える。
弥生の内側だけが、深い静寂に沈んでいた。
まるで、世界の音がすべて、遠くへ吸い込まれていくようだった。
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