金胎記(矢萩編)−声なき神を抱いて−

Spica|言葉を編む

序章:おおこがね様、かく語りき

 かつて、この地には、黄金が湧いたという。


 それはただの鉱脈ではなかった。

 夜を裂くように山が唸り、岩が砕け、眩い光が空を照らした。


 人々はそれを「おおこがね様」と呼んだ。

 金そのものに魂が宿ると信じ、山を畏れ、祈りを捧げた。


 やがて、その噂を聞きつけた島津の軍勢がこの村に入り、支配を敷いた。

 金山を治めるため、彼らは一つの家に村の政を預けた。


 それが、後に矢萩やはぎ家と呼ばれる家系である。


 だが、村人たちは拝まなかった。


 崇めたのは、山奥の祠にひっそりと祀られた“おおこがね様”だった。

 幾代にもわたってその祠を守ってきたのが、神代家——村の神職の家系である。


 富も、権威も、矢萩家が与えた。

 だが、人々の心は動かなかった。

 拠り所は変わらなかった。


 与えても、尽くしても、選ばれはしない。

 その現実に、矢萩の家は沈黙した。


 ……ただ、ひとりの少年は違っていた。


 幼い彼は、父の背に、見えぬ怒りと虚しさを感じ取っていた。


 ——神を崇めるだけでは、人は動かぬ。

 ——ならば、神を“語る”者になればいい。


 その少年の名は、矢萩栄一郎。


 やがて彼は、“神を創った男”と呼ばれるようになる。


 ***


 この物語は、“おおこがね様”を巡る、三代にわたる記憶と沈黙の記録である。


 語り手を変え、姿を変え、それでも“在り続けた”ものとは何だったのか。


 信じるとは何か。

 祀るとは何か。

 語るとは、誰のための行為なのか。


 それに答えた者はいない。


 ——だが、確かに、あの場所には“神”がいた。

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