第11話 逮捕

「こいつは事故じゃないですよ。殺人未遂事件です」


 ある日の午後、事件現場で証拠を集め解析を行っていた鑑識官が、チームリーダーのひがしに報告書を提出すると同時に語っていた。

 今回の事件は「事故」ではなく「殺人未遂事件」だと断言していた。


「現場周辺の防犯カメラの映像や、事故の目撃者からの証言、それに現場の物証からしたら加害者は『わざと』被害者をひいてる可能性が高いです。

 加害者は『居眠り運転で車の操縦ミスをした』って主張してますけど、とてもそうとは思えませんよ。明らかに何かを隠しています」

「なる程ねぇ……」




 事故の調査をしていた鑑識からは「わざと人をひいている」と報告が上がったが、すぐに別の捜査官から決定的な証拠が出て来た。


「東さん、事件の加害者が厚皮あつかわ 大樹たいじゅと思われる人物と犯行翌朝にやり取りをした音声データを押収しました」


 捜査員が抑えた証拠のデータを部屋の中にいた同僚が見守る中パソコンで再生する。そこには……。


「今朝のニュース見たぞ! バカ野郎! 何でトドメを刺せなかったんだ!? しくじりやがって! お前何でも屋なんだろ!? カネさえ積めば人殺しだって出来るんじゃなかったのか!?」

「申し訳ありません厚皮さん。何せ人をひき殺す依頼を受けたのは初めてでして……」

「言い訳なんて聞きたくない! とにかく警察に逮捕されても絶対に吐くんじゃねえぞ」

「分かってます。あなたの事は拷問されても口外しません」


 厚皮が事件の黒幕であることを示す、決定的な証拠が録音されていた。




 捜査チームのリーダー、東は報告書を読みつつ考えをめぐらせる。


「確か被害者は『江川えがわ じん』っていう人物で、区内の病院に入院中なんだよな? 取り調べに向かわせた奴らがそろそろ帰ってきてもいい頃なんだが……」

「東さん、今戻りました。被害者の証言が取れました、やっぱり相手は被害者を『狙って』ひいているようです。それに江川さんは1週間前に厚皮あつかわに対して訴訟を起こすと告げたそうです」

「訴訟?」


 訴訟。今回の事件では聞きなれない言葉だ。東が部下に詳細を尋ねる。


「ええ。江川さんは厚皮が提唱する「高濃度酸素水」は治療効果の無い詐欺だと言って、300名を超える被害者と一緒に集団訴訟を行う準備を進めていたそうです」

「そういう事か。厚皮が江川に訴訟すると言われて、それの逆恨みで加害者に依頼した、となるとつじつまが合うな。加害者が居眠り運転を頑なに主張するのもこれが理由なら納得がいく。

 決まりだな。裁判所に厚皮と加害者に対する逮捕状を請求してくれ、今日中に2人を逮捕する!」




 警察が証拠をつかんだ日の夕方、そんな事など全く知らない厚皮が仕事を終えて自宅であるタワーマンションのエントランスに入ろうとやってきたら、周辺に待機していたパトカーから警官たちが出て彼を囲む。


「!? け、警察が何の用ですか!?」

「君は厚皮あつかわ 大樹たいじゅで間違いないよな? 教唆きょうさの罪で逮捕状が出ているんだ。これに基づいて今から逮捕するからね」

「きょ、教唆きょうさ……? 何ですそれ?」

「簡単に言えば『犯罪行為をするように相手をそそのかした罪』だ。知らないとは言わせんぞ、全部調べが付いてるんだからな」


 警官たちは敵意を含む目線を厚皮に向ける、彼は手錠をかけられまいともがくが……。




「コラ! 暴れるな!」

「お前達がそうやって先に押さえつけるから!」

「うるさい! 午後6時38分! 教唆きょうさの容疑で逮捕する!」


 厚皮は抵抗するも逮捕され「教唆きょうさの罪」犯罪を行うよう相手をそそのかした罪で問われることになった。

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