第3話 殺人出版
「さらに10万部刷れ、と?」
「ああそうだ。そうすると150万部になるんだ。キリがいい数字だろ?」
「……厚皮さん。もうこんな事辞めにしませんか? あんな酷い内容の本を刷り続けるなんて無理ですよ。良心痛まないんですか?」
午後2時ごろ、打ち合わせのため都内のとあるカフェスペースの席に座って厚皮と出版社の編集部員が仕事の話をしていた。
本をさらに10万部刷るよう提案する厚皮に対し、出版社の編集部員は苦言を示す。
あんな「デタラメの極み」な内容の本を世に送り続けるなんて良心の
「キミは何を戸惑っているんだね? キミたちは本を刷れば刷る程オレからお金をもらえる。オレは刷られた本を売ってさらに儲ける。共存共栄の仲ではないか。一体これのどこが問題なのかね?
それにオレ以外に140万部も本を刷れて、さらに10万部追加で刷らせてくれる客が他にいると思うのかね?
ただでさえ出版不況で本が売れない中で、オレは150万部も刷らせてくれる大口のお客様なんだという自覚は無いのかね?」
厚皮は出版社の編集部員の言ってる事が丸っきり分からなかった。
まるで日本語しか教わってない小学生がいきなりドイツ人からドイツ語で道を聞かれたかのように、全く分からなかった。
「がん治療は免疫力で決まる」
「
「自費出版」とは本の著者が出版社にカネを払って本を刷ってもらうもので、理論上はカネさえ出せば誰でもいくらでも好きなだけ本を刷れる。
厚皮の本は「100万部突破」と言うが、実際の本の販売実績からは「ケタ外れに」かけ離れた数値だ。今回それをさらに拡大させる「150万部」に手を出そうとしている。
本や出版業界に詳しくない人は「100万部突破」と書くと「全国的大ヒットの名著」と勘違いしてしまうだろう。
もちろん厚皮はそれに騙される層が一定数いるのを全部計算に入れた上で帯に書いている。
全ては相手に効率よく、気前よく「
「高濃度酸素水でがんが悪化したって、あなたの周りではロクでもない噂が流れてるんですよ!? それも1件や2件じゃない! 分かってるんですか!?」
厚皮との仕事は「初回『50万部』刷らせてください」という依頼が最初。
明らかに「刷る量がおかしい」から「何か裏がある」と怪しんでいたのだが、編集部さらには親会社である出版社は目先のカネに目がくらみ、彼をV.I.P待遇。
それに一方的に押される形で出版をすることになったのだが内容はもちろん、厚皮の周りに漂う「黒い」いや「闇色と言える漆黒の」噂には耐えられなかった。
その話を聞いた厚皮はスマホを取り出し操作した後、明らかに不機嫌な表情を見せつつ詰め寄った。
「……キミ。もしかしてとは思うが、オレを怒らせるつもりかね?」
厚皮はそう言って自分のスマホの画面を見せた。電話帳の「出版関係」というグループの物で、数多くの人物の電話番号が載っている。
「オレはキミの直属の上司に加えて編集長、さらには編集部を超えて親会社の役員、さらには社長や会長にもコネがあるんだ。ただの編集部員であるキミ1人を抹殺することなどわけないのだよ。
キミは黙ってオレが満足するまで本を刷り続けてさえいればいいんだ。余計なことは何一つ考えなくてもいい。
それとも、太客のオレを怒らせるという大失態をやらかして干されたいのか? オレはいつでもキミ以外の出版社に移る事が出来るんだぞ?」
「オレがボスだ」
「オレが上、キミは下だ」
厚皮の態度にはその無言のメッセージが隠すことなく堂々と現れていた。
編集部員は「ドガァッ!」と1回だけ拳をテーブルに叩きつけ、フーッ! フーッ! と
その形相には「
「一体何が起きたんだ……?」と疑問に思ったカフェの客や店員からの注目を集めるが、厚皮が「大したことじゃありませんよ」と軽く挨拶して火消しする。
何なんだコイツは。何なんだコイツは!? 何で俺はこんな
ノドまで出かかった言葉を必死で飲み込んだ。
「分かりましたよ! 刷ればいいんだろ刷れば!」
「そんなに怒る事じゃないだろ?」
厚皮は笑顔で出版社の人間をなだめる。相手は中座するような形で去っていったが、一応は本を刷る約束をしたので満足していた。
後に出版された彼の本の帯には「150万部突破!!」の文字が刻まれていた。
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