第2話 人生はババ抜き

 都内に建つとあるタワーマンションの最上階。そこが「厚皮あつかわ 大樹たいじゅ」の住居だった。

 最上階のフロア全てが彼専用。そこからは文字通り「360度」ぐるりと周囲を見渡せるパノラマビューの絶景が広がっている。

 まさに「勝ち組」にのみ許された景色であり、特権であった。

 そこで彼は家族3人仲良く暮らしていた。




紗理奈さりな、ただいま」

「パパおかえりー」


 夕方、自営業の医師だが残業もなく定時で仕事を終えた厚皮は、もうすぐ小学生になる愛娘の紗理奈さりなを抱きかかえ、キスをする。

 彼女は間違いなく厚皮の娘なのだが、もうじき50歳になる「人間に化けた古狸」と例えられる姿である彼には全く似ずに母親にそっくりの美少女だった。


「あなた、お帰りなさい」


 周りからは「親子ほど差のある年の差婚」と言われた妻にもキスをして今日も無事に帰ったことを告げる。

 見た目はもちろん、体型も美しく整ったセレブ妻だ。




 夕食を終え、娘を風呂に入れ寝かしつけた後で、夫婦はシャンパンを開ける。


「乾杯は何回やっても飽きないものね、シャンパンならなおさら。それにしてもあなたはすごい詐欺師よね。あんな治療法で患者をだますだなんて」

「人生はババ抜きさ。相手にいかに気前よく、そして気持ちよくババJOKERを引いてもらうかを競うゲームだよ。

 こんな義務教育で学ぶ程度の事さえ知らない奴が悪いのさ。そんなの『誰も友達の作り方を教えてくれなかったじゃないか!』って怒るのと一緒だよ」

「フフッ。酔うといつもその話ね」


 20歳も年下である元アイドルの、30手前でもなお顔も体型も美しい妻に対し平然とした顔でそんな事を言う。

 そんな厚皮の職業は「医者」で医師免許も持っている本物だったが「相手にババJOKERを引かせる」なんて言う以上「真っ当な医者」ではなかった。




◇◇◇




「……」


 書店の棚にその本は並んでいた。


「がん治療は免疫力で決まる」


厚皮あつかわ 大樹たいじゅ」という医師が書いた本で「重版に次ぐ重版で累計100万部突破の話題の本!!」という売り文句が帯に書かれている。

 僕はその「タイトルを見るだけで胃がムカツいてくる」本を手に取ってパラパラとめくってみるが……。




「既存のがん治療は放射線治療、抗がん剤治療は必ず副作用が出るし、手術だって失敗しても執刀医は責任を取ってはくれない。

 そもそも自分の命を他人に預けるだけでも割に合わない治療法だし、何よりがん治療医は国と結託して医療費をむしり取るものだ。騙されてはいけない」


 本の「序章の時点」であまりにも酷すぎて「見ていてクラクラとめまいがしてくる」程の事が書かれている。

 薬ならどんな薬も、それこそドラッグストアで買える市販の風邪薬でも副作用はある。抗がん剤や放射線治療だけをやり玉に挙げるのは公平ではない。


 そもそもがん治療は標準治療なら保険適用がされるし、それに「高額療養費制度」などの各種支援制度も充実してるから「安くて効果の高い治療法」だ。

 医者は決して「国と結託して患者からむしり取ろう」だなんて考えない。医師のくせにそんな事も知らないなんて、あまりにも無知が酷すぎる。その本を読み進めると……。




「がんは免疫力を高めさえすれば手術も治療も必要ない。それを叶えてくれるのが『高濃度酸素水』だ。がんだけでなく日常の病気もこれだけで予防できる」


「小学2年生の妄想」の方がまだ真実をとらえている。と言えるような、仮に医師を名乗るなら絶対に言ってはいけないことが全部書いてあった。

「がんの標準治療を受けたらこんなにもひどい目に遭う」という『大嘘』で読んでいる人間に恐怖を植え付け、

「でも大丈夫『高濃度酸素水』を飲みさえすれば安全ですよ」と間違った結論へと誘導する。こんなんじゃ治る病気も治らない。


 しかもこんな本がどういうわけか「100万部突破」しているらしい……世も末だ。




・☆1 詐欺師の書いた本 レビュアー名:江川えがわ じん

>臨床医を務めている身からすると完全にデタラメしか書いてない。序章で「放射線治療、抗がん剤治療は必ず副作用が出る」と言ってるがそれはどの薬でも、それこそ市販の風邪薬でも起こる事。

>それに高濃度酸素水で免疫力が上がる事を明確に証明した学術的データは無いし、ましてや免疫力が上がればがんが治るという研究結果も無い。

>著者は医者らしいが何で国はこんな奴に医師免許を与えてしまったのだろう。彼は何かで逮捕されてほしい。

>最低評価が☆1なので仕方なく☆1をつけているが、本来ならこんなの評価の議題に挙げる事すらしてはいけない。命に関わるからだ。




 その日の夜。僕は自宅のWi-Fi環境のスマホから、通販サイトにアクセスしその本に対し評価した。

 願わくばこれを読んでこの本に書いてある事を信じる人が1人でも減るように。そう願いながら。

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