零時の欠落

たこまろ

第1話 雪に消える

 夜のすすきのは、雪とネオンの戦場だった。

 アスファルトに積もった雪は、車の熱とタバコの火で濁った水に変わり、歩道の端に黒い川を作っていた。観覧車の光がその川に反射し、まるで街全体が揺れているように見える。


 その交差点で、三人目の失踪者が出た。

 会社帰りのサラリーマン、三十代。友人と居酒屋で別れた直後、繁華街の監視カメラが彼の姿を捉えている。酔ってふらつきながらも、まだ歩いていた。

 ──だが、その数秒後の映像には、もう彼はいなかった。


 歩道は途切れなく続いている。脇道に逸れる瞬間もない。後から歩いてきた人々は普通に映っているのに、彼だけが煙のように消えていた。


 道警の会見では「行方不明」とだけ告げられた。事件性については明言されず、記者たちの質問も煙のようにかわされる。


 その会見を取材席から見つめていたのが、美咲だった。

 北海道日報の社会部。三十二歳。かつてスクープを狙って誤報を出し、署内で冷や飯を食っている身だ。挽回のチャンスをずっと待っていた。


 会見場を出ると、外は横殴りの雪だった。耳の奥まで冷える風に、彼女はコートの襟を立てる。

 ポケットの中のスマホが震えた。開くと、後輩記者からのLINEが一行。


 ──「すすきのの映像、やばいです」


 リンクを開く。防犯カメラの映像が流れた。

 最初はただの夜の交差点。人が行き交い、車が信号で止まる。

 だが次の瞬間、画面の真ん中を歩いていた男の姿が──消えた。


 美咲は無意識に息を止めていた。

 背後を振り返る。

 街路樹に積もった雪が、重さに耐えかねて落ちる。白いしぶきがネオンを反射した。


 男はどこへ消えたのか。

 カメラが壊れているのか。それとも──。


 彼女の胸の奥で、長いあいだ眠っていた記者の血が、静かに沸き始めていた。

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