株式会社自己実現──やりたいことを見つける会社

大槻力也

第一章 異端の転職エージェント

第1話 モヤモヤするサラリーマン

桐谷颯真、二十八歳。


名刺には大手メーカーの営業部と印字されている。

安定、そこそこ。収入も同期よりは悪くない。

数字を積み上げれば褒められ、残業をすれば「頑張ってる」と評価される。

——だが。


(どうして、こんなに満たされないんだろう)


取引先から戻った夕暮れのオフィス。

同僚が「お疲れ!」と声を掛けてくる。

口角を上げる。自然には上がらない。


昼間、上司に言われた言葉が、まだ耳に残っていた。


「桐谷、お前って、楽しそうに働いてないよな」


言い返せなかった。図星すぎて。


帰り道、繁華街のネオンが眩しい。

カフェの窓越しに見えるのは、仲間と笑う若い男女。

仕事終わりのはずなのに、どこか生き生きしている。


(俺は……?)


胸の奥がざらついた。


スマホを取り出し、転職サイトのアプリを開く。


「未経験歓迎」「年収アップ」


スクロールしても、どれもピンと来ない。


(どこに行けば、このモヤモヤは消えるんだ)


電車に揺られながら、思い出す。

就活の時は「安定しているから」という理由で今の会社を選んだ。

営業に配属されたのも、「向いていると思う」と言われただけ。


気づけば五年。

履歴書に書ける肩書きは増えたが、自分が何をしたいのかは一度も考えなかった。


家に帰ると、ワイシャツを椅子に掛けてソファに沈む。

時計の針は二十二時を回っているのに、体は疲れていない。

代わりに、頭の中が重い。


(朝起きて会社に行って、数字を追って、飲み会で愚痴を言って。これを、この先もずっと続けるのか?)


思わず声に出す。


「俺は、何がやりたいんだ」


返事はもちろんない。

ただ、胸の奥によどみのように溜まった“モヤモヤ”が広がっていく。


その時、窓の外から子どもの笑い声が聞こえた。

遅い時間、公園で遊ぶ声がこんなにも明るいなんて。

不思議と耳に残った。


(——俺は、いつから笑わなくなったんだろう)


スマホに残る転職サイトの画面を閉じる。


「転職すれば解決するのか?」


問いかけても、答えは出ない。

ただひとつ確かなのは、このままでは何も変わらないということ。


翌日、颯真はふと足を止め、公園に目を向けることになる。

そこから、すべてが始まるとも知らずに。

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