転生したら負けヒロインのアホ毛でした

沙坐麻騎

第1話 気がつくとアホ毛でした


 ここはどこだ?


 どうやら俺は寝ているようだ。

 最初に目に飛び込んできたのは、真っ白な部屋の天井。

 病室とかではない。何処かの洋室なのか?


 とりあえず起き上がるか……って、あれ?

 体が思うように動かないぞ。

 寝返りすらできないじゃないか。


 まさか大怪我をして寝たきりになってしまったのか?

 にしては身体の傷みはない。

 

 うんしょ、うんしょ。


 辛うじてだが上下と左右には動くことはできる。

 けど手足の感覚がまるでない。

 声すら発することができないじゃないか。


 何故か四肢をもがれたかのように、胴体をくねらせるしかできない。

 そう、まさしく蛇とかミミズとかのあっち系……いや違うな。

 彼らだって全身運動で自在に移動することができる。


 今の俺はそれすらできやしない。

 その場で固定され、胴体を揺らすだけ。

 まるで風に吹かれて、気ままに揺れる雑草だ。


 これってまさか……植物状態?


 いや待て。にしては何かが可笑しい。

 だって意識は鮮明だし、視界だって良好だもん。


 思い出せ……俺は何故ここに?

 

 あっ、いや、そもそもだ。


 ――俺は誰だ?


 自分が男だってことはわかる。

 日本で生まれ、年齢は……38歳か?


 ……思い出してきたぞ、俺はサラリーマンだ。

 あのクソ会社に勤め課長職に就いてしまった男。

 深夜労働は当たり前、まともな休みなんてありゃしない。

 おまけに上司と部下の板挟みでハラスメントばかりに遭う日々。


 恋愛なんぞする暇なし。彼女歴なし。だけど、いい歳だけに部下達から「課長、流石に彼女くらいいるでしょ?」と思われ卒業が遅延化し、すっかり行き遅れてしまったモンスター童貞。


 ぶっちゃけ、ろくな思い出がねーっ。


 唯一の癒しといえば、大好きなラノベを読むこと。

 一番は部下の佐々木に勧められた、大人気作家『鳥巻八号』先生の作品だ。


 中でもお気に入りは、

【錬成士ぼっちの覚醒者、現代兵器で異世界最強となる】

 というタイトルの作品。


 学園で苛められていた『錬成士アルケミスト』という不遇職種ジョブを持つ陰キャぼっちの主人公が実は転生者で、ふとした事件がきっかけで前世の記憶を取り戻し現代兵器の銃火器なんかを錬成して最強の存在へと成り上がる冒険活劇だ。


 まぁ、「錬成士って不遇なのか?」とツッコむ読者もいたが、俺は気にしない。

 だってガバガバで有名な鳥巻八号先生だもん。

 俺ら読者のイマジネーションで介護すれば十分に楽しめる話だと思う。


 それに日々、ブラック企業で身も心も疲れきった俺には、頭空っぽにしてノンストレスで読める作品だ。

 特に陰キャぼっちだった主人公の変貌ぶりは最高である。

 あのブッ壊れ具合に会社という牢獄に囚われていた俺はどんなに憧れていたことか……。


 俺も「ヒャッハーッ!」とか言いながら、会社という異世界でロケットランチャーをブッ放してやりたいと思ったもんだ。


 そして主人公を慕うヒロイン達も最高なんだ。

 特に俺には推しのヒロインがいる。

 まぁ作中じゃ曰く付きの子でもあるが……いつも健気にぼっちの主人公を支えていた幼馴染であり、従順で優しい清純派ヒロインなんだ。


「う、うん……」


 艶やかな声。

 同時に俺の全身が強引に横へと引っ張られる。


 うおっ、何だ!?

 

 目に見えない力で無理矢理に動かされたような体感。


 いったい何なんだ!?

 今の声は!? 俺の体はどうなっている!?

 さっきから全ての感覚が可笑しいぞ!

 

 あっ、一つ重大なことを思い出した。


 ――俺は死んだこと。


 会社で散々残業をさせられ、ようやく家に帰ってきた後。

 唯一の癒しである【錬成士ぼっち】を読んでいる最中、突然激しい頭痛と眩暈に襲われ意識を失ってしまった。


 目が覚めたらこうなっていたんだ。

 今ならわかる……あの頭痛は死に直結するほどの傷みだった。

 もう何も感じないけどな。


 待てよ。

 目が見えるということは視線が動かせるということだ。

 

 俺は自分の体を見下ろした。


 ……。


 なんだこりゃ?


 全身が青い糸の塊みたいな肉体。

 いや肉体なのか? 

 光沢を発した艶やかな毛質。


 そう髪の毛だ。

 しかもやたら弾力性があり、頭頂部からピョンと跳ね上がったような一本毛。


 それが今の……俺の体?


 あっいや、ちょっと待て!

 何これ? どういうこと?


 まさか、これって……だ、誰かのぅ。


 いっせーの、



「アホ毛じゃねぇぇぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」



 いやいやいやいやいや! 嘘でしょ?

 これって間違いなくアレだよね!


 ――異世界転生ってやつだよな!


 ここが異世界じゃないかもしれないとか、何で知ってんだよとか、んなもんどーでもいいんだよ!

 問題はこの体だっつーの!

 

 なんで、アホ毛なんだよって話だろーが!


 普通、勇者とかモブキャラとか悪役とか令嬢とか、もっぱらヒューマンだろ!?

 いや中には動物や虫、モンスターなんかもあるよ! そうそう武器とか道具や機械もあったりするよね! 転生モノの流行だよね!


 けど、アホ毛はなくね!?

 アホ毛って何よ!? 誰かの癖毛に寄生しただけじゃねーか!

 こんなんどないせいちゅうねん!


 もう一度言うぞ、アホ毛に転生しているってどういうことだよーっ!?

 ないわーっ! 

 こんな転生知らんわーっ!


 すると窓辺からか、不意に朝陽が差し込み俺の全身を照らし始める。


「う、ん? もう朝ぁ……?」


 再び艶やかな声と共に、俺の体は持ち上げられた。

 どうやらアホ毛の『宿主』が起きたようだ。


 クソォ、寝ぐせが邪魔して顔が見えない。

 けど女子なのはわかった。しかも結構若い娘だ。


 よ、良かった……いや良かったのか?


 けど下手な男、ましてやオッさんのアホ毛なんかより余程マシじゃね?

 しかも某国民的アニメに出てくるお父さんの象徴である頭頂部の一本毛に転生したもんなら、俺はショックで再び死んでしまうかもしれない。

 失礼なのは重々承知の上だが、俺の身になれば誰だってそう思うだろ?


 しかし、この宿主は誰なんだ?

 青い毛質を持つ少女……まさか。

 いやそんな筈は――。


 宿主は欠伸をしながらベッドから起き上がると部屋を出る。

 二階から一階へ行き、洗面台らしき所に立つと蛇口をひねり冷水で顔を洗い始めた

 目の前には鏡が設置されており、がっつりと俺の姿が映し出されている。


 ――アホ毛だ。


 間違いない。それが今の姿だ。

 頭頂部で長く、堂々と「の」字を描くように一本に纏まり跳ね上がった毛。


 それが俺の姿。


 あとは実在しているのかデフォルメなのか不明だが、一本毛の真ん中左右に双眸が浮かんでいる。

 自分の意志で瞬きできるので、俺の目に間違いないだろう。


 どちらにせよだ。


 チクショウ……なんてこった。

 遺憾どころか、ショック過ぎて何も言えねーっ。

 ヘコむわーっ。


「ぷはーっ、気持ちいい~! すっかり目が覚めたぁ!」


 顔を洗い終えた宿主の少女が顔を上げ、濡れた箇所をタオルで拭く。

 それから鏡に向き合い、長い髪に櫛を通し身形を整えている。


 ここで俺はようやく宿主の素顔を見ることができた。


 が、


 ――ん?


 この顔、まさか。

 え? 嘘、ガチで!


 俺は宿主の……彼女を知っている。


 青色の光沢を宿した長いストレートヘア、頭頂部には癖毛がピョンと「なんちゃら専用機」の角みたいに立っている。つまりアホ毛である俺のこと。

 さらに滑らかな餅肌に整った鼻梁、長い睫毛に縁どられた大きな青い瞳。艶やかな形のよい桃色の唇といい、繊細で可憐な美しさを誇っていた。

 お淑やかな雰囲気に加え、均等の取れた抜群のスタイルを持つ正真正銘の美少女だ。

 

 そう、死ぬ寸前まで愛読していたラノベ【錬成士ぼっち】に登場するヒロインの一人。

 俺がもっとも推しとする子。


 ――リィナ・ファットリ


 まさか彼女が俺の宿主だというのか……。



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