第2話 修道士マイ

「ふぅ、やっぱりすこぶる調子が良いな」


小鬼コボルトを一刀のもとにたたき伏せて一息つく。

ここは街から東に少し離れた森の浅部だ。


「お、ついてるぅ♪」


小鬼コボルトの死体が一瞬淡い光に包まれ、その場に小石ぐらいの茶色い魔石が残される。

何から話すべきか困るが、思いつく順に説明しよう。

まず、この森全体が開放型の魔素領域ダンジョンだ。魔素領域ダンジョンって言うのは世界各地に点在する魔物の巣窟のことだ。どこぞの研究調査によると魔素領域ダンジョン魔素マナが偏在する場所らしい。

あー、魔素マナっていうのはこの世界に満ちている目には見えない活力のようなもののことだ。

魔物は魔素マナによって生み出されるので、魔素マナが多くある魔素領域ダンジョンには魔物が多くいるということだ。そして、魔物に限らず我々人間を含む生物のすべてが魔素マナを内包しているということが分かっている。

さらに生物の命を奪うということは、それが蓄えていた魔素マナを獲得するということも明らかになっている。

それを如実に物語るのが状態ステータスに表示される階位レベルだ。魔物を倒すだけでなく、生きた魚を捌いたり、家畜を屠殺する時に階位レベルが上がったことが確認されている。なのでそういう仕事に携わる者には周囲に比べ階位レベルが高くなる者もそれなりにいる。

つまり、魔物は魔素マナが変質したものという見方ができ、倒されると肉体がさっきみたいに淡い光に包まれて魔石とかに変化することがあり、この現象を「凝縮化した」とか「凝縮品が落ちた」みたいに表現する。魔石は取引し易いので凝縮化すると結構嬉しい。


「次は角兎ホーンラビット蛮鼠ワイルドラットか。」


それなりに素早い魔物だが、魔素領域ダンジョンに入りたての頃ならいざ知らず、油断さえしなければ今の僕にはどうってことない相手だ。

基本的に魔物同士連携して戦うことはないので偶々挟撃されないよう位置取りに注意すれば個別に撃破することは容易い。今の状況はたまたま居合わせただけということだろう。

特殊個体でないことを確かめるため、魔物の状態ステータスを確認することも忘れない。他人の状態ステータスを参照できるように魔物の名前というか種族、階位レベル、そして等級ランクが表示される。


名前:角兎

階位:14

等級:3


名前:蛮鼠

階位:13

等級:3


階位レベルは自分たちにもあるので戦闘を回避するかどうかの目安になっていて、例えば一対一タイマンでは自分の階位レベル+5を超えると退避することが推奨されている。

等級ランクは何を基に数値化されているのか謎ではあるが、その個体の絶対的な脅威度と解釈するのが一般的で、手強い魔物ほど数値が大きくなる。

階位レベル等級ランクにはほとんどの場合相関関係が成り立つが、階位レベルが低くても等級ランクが高い暗殺蜂アサシンビーのような魔物もいるので要注意だ。一発当てられればあっという間に倒すことができるが、小さい体で素早く飛び回るのでただ武器を振り回すようでは攻撃を当てられないし、毒針で刺されると反対にこちらの命が危うくなるので戦闘に不慣れな者はまず勝てない。暗殺蜂アサシンビーは大体階位レベル3の等級ランク5だ。

魔素領域ダンジョンごとに出現する魔物の種類はほぼ固定なので、探索する際はこの魔物の階位レベル等級ランクを基に自分の能力に見合った場所を選ぶのが心得とされている。命あっての物種だ。


角兎ホーンラビットの突進を誘い、その軌道を見極めて剣を滑らせ両断する。今度は凝縮化することなく、その場で活動を停止し死体が残る。角兎ホーンラビットの肉は食用として十分美味いのでこれはこれで良い。


魔物同士で戦わないのは何故か、については次のように考えられている。

魔物は魔素領域ダンジョンを守るために魔素領域ダンジョンが造り出している。

魔物は突如魔素領域ダンジョンに現れることが目撃されていて、生殖によっては増えないとされている。

これは幼生体が確認されていないことからも妥当だとされている。

よって各個体には親子とか仲間みたいな関係性はないので、戦闘方法は本能的に刷り込まれているものである。

その行動原理は魔素領域ダンジョンに潜入してくる外部からの異物、つまり人間を排除することである。

僕たち、人間はさっきも言ったように階位レベル差が大きかったり、脅威度が高い相手とは戦闘を避けるし、形勢が不利になれば逃げることを選択するが、魔物はそんなことはしない。異物と認識すれば自分か相手が活動を停止するまで戦闘を止めることはない。

よって、異物ではない魔物同士で争いはしないが、戦術的に共闘する知性もない。

大きな矛盾もなく間違っているとは思わないが、個人的には何となくすっきりしない思いを抱えている。何か引っかかっているんだよなぁ。

だが今は目の前の蛮鼠ワイルドラットを倒してしまおう。


「ちょっと槍も鍛えるか。」


倉庫ストレージに剣を入れ、槍を取り出して構える。

ちょこまかと動き回るのを難なく薙いで捌き、怯んだところで連撃の発動を念じる。すると、自分の意図した通り、もしくはそれ以上に滑らかに体が動き出し、蛮鼠ワイルドラットに向かって的確に四連撃が放たれる。その全てが蛮鼠ワイルドラットに命中し、最後の一撃で串刺しにされ活動を停止する。

一瞬の後、光に包まれ魔石が落ちたので、角兎ホーンラビットと一緒に倉庫ストレージに突っ込んでおく。


また説明が必要ですよね。

倉庫ストレージっていうのは基本的に誰もが使える自分専用の異空間にあるその名の通り倉庫だ。中に入れた物の重量は感じないし、しかも倉庫ストレージの中では時間が経過しないので生ものを入れておいても腐らないし、お湯を入れた容器も次の日に出してもそのまま熱々だからすごい便利だ。ただし、生きている生物や、活動を停止していない魔物を入れることはできない。何が入っているかは状態ステータスで確認することができるので物覚えが悪くても安心だ。容量は階位レベルと関係していて、階位レベルが上がるほど容量も大きくなるようだ。最初に発動させた時は大人3人が入れるぐらいの大きさだったのが、現在は100人乗っても大丈夫!違う、100人入ってもまだ余裕があるぐらいだ。

装備一式はもちろん余程の大物じゃなければ一日の狩りの成果が普通に収まるし、日用品や食材、料理もそれなりの量を入れているので1ヶ月ぐらい遭難しても生き延びられる備えがある。

ただ、この時の僕は倉庫ストレージの使い方がもうすぐ劇的に変わっていくとは夢にも思っていなかった。


技能スキルについても少しだけ触れておくと、常時その効果を発動する型と先刻の連撃のように意識して効果を発動する型に分かれる。いずれの型でも発動させるには見合った気力の消費を必要とする。

連撃はその練度に応じて攻撃回数を追加補助してくれる技能スキルで、今の僕は連撃4なので最大5連撃を繰り出せる。

どんな状況でも連撃を使用すれば攻撃が当たるわけではなく、逆に技能スキルで技を繰り出している間は回避できないので危険な状況にならないようによくよく考えて技能スキルを使用する必要がある。

他の技能スキルも同様で、大きな技になるほど必要な気力が多く、強制力のある時間が長くなる傾向があるのでその点も考慮したい。


「はっけ~~んっ」


声のした方を振り返ると二人組の探索者がいた。

多分、声を出した方の黒髪ショートヘア、琥珀の瞳で吊り目の活発そうな修道士クレリックっぽい女性が僕を指さしている。

もう一人の茶髪ポニーテールで剣装備の女性が膝に手をついて息を切らしていることからそれなりの距離を走って来たのだろう。


「ちょ…走りすぎだよぉ…。」


「だって、探知で引っかかったんだもん…しょうがないじゃないか。」


「しょうがなくないっ、普段は獲物を発見したらこっそり近づいてるでしょうがっ。」


どうやら探知の技能スキルで僕を捉えたらしいことは分かった。


「絶対に逃がしたくない感じだったし…、この機会逃したら後悔しそうだったし…。」


「なら、尚更気付かれないよう注意するのが正解だと思うんですけどぉ。」


じっとり睨まれてたじろぐ修道士クレリック


「しかも、魔物じゃなくてどう見ても人間なんですけどぉ。」


と、僕の方を剣で指し示しながら更に睨む剣士。


「君ぃ、魔物じゃないよねぇ。」


剣士が僕の方に向き直り問いかけてくる。


「あぁ、見ての通り人間だ。」


人そっくりの魔物が発見されたことはないが、万が一にも攻撃されては堪らないので応答する。

そう言えば、この森には出ないはずだが、人間に擬態する魔物がいることはいる。ただし、姿は映しとれるが、発声はおろか意志の疎通はできっこない。なので僕の声を聴いて、二人とも近づいてくる。


「私は剣士のエミだ。……こっちは修道士クレリックのマイだ。よろしく。」


「よろしく、僕は戦士のカナタだ。」


「…どうした?マイ?さっきまでの元気はどうした?」


俯きがちに潤んだ瞳を僕の方に向けてくるマイ。

まさか、ね。

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