第39話:厳選三元豚の焼肉

 クイナはクソガキだし、深見もクソガキみたいなメンタルをしている。総理は総理だし、柳は緊張でほとんど飯が喉に通っておらず、山田もクイナと同級生なのであまり立場に差を付けるわけにもいかず……。


 なんかみんなが食べずに焦げたやつを食う係になってる。


「いやー、ヤクさんいっぱい食べて偉いですね」

「褒められ方が小学生のそれ」

「総理は全然食べてなくて雑魚ですね」

「お爺ちゃんなんだよ。やめてやれ。というか総理もカレー二杯食ってるからかなり健啖家だよ」

「カレー美味しい」


 クイナはやれやれとばかりに首を横に振る。


「やっぱり男の人はたくさん食べられないとダメですよ」

「田舎のおばあちゃんの価値観?」

「キリちゃんもそう思いますよね」

「えっ、まぁ……たくさん食べられないと強くなれませんね」

「運動部のお母さんの価値観?」


 クイナはゆっくりと頷き、それから深見を見る。


「全然食べてなくないです? もしかして……雑魚です?」

「な、なんだとお!? やるか、ヘドロ!」

「やらない」

「ふっ、怖いのか? 俺に負けることが……!」

「いや、もう既に俺の方がだいぶ食ってるし……」

「怖いのか?」


 なんだこのラスボス……。

 俺が呆れながら焦げた肉を齧っていると、クイナがジッと俺を見る。


「たくさん食べる人ってかっこいいと思いますよー」

「あのなぁ、クイナ。俺がそんなのに釣られると思うか? 総理、皿いっぱいの肉持って来い」

「一瞬で釣られた……!」


 俺は深見を見ながら腕を組む。


「勝敗はどうやって決める。焼肉で正確に量を比べるのは難しいだろう」

「決まっている。最後まで立っていたものが勝者だ」

「大食いでそれは成り立たなくないか……?」


 と、言いながら総理が持ってきた肉を網に並べる。

 まぁ俺はクイナに嘘でもいいからかっこいいと言わせたいだけなので、勝敗自体はどちらでもいいか。


 ……一応、勝機はある。

 俺の身体は無限の血液と再生力を持っている。


 血糖値の上昇による急激な眠気は無効化されるし、溜め込みすぎて胃の限界を超えても情けなく吐いたりはしないし、水分が多くてもどうにでもなる。


 対して深見の異能力は『重力操作』であり、この場で役に立つものではない。

 そして……深見ってやたらノリは軽いけど、世代的には真中イバラと同じぐらいだから普通に歳なんだよな。


 多少背の高さはあるが、普通に大食いは厳しいだろう。対して俺はまだそれなりに若い。既に俺の方がたくさん食べているとは言えど……。


 まだまだ余裕はある。

 焼いた肉を片っ端から腹に詰め込み、米をかきこんでいく。


「うわー、厄神さんすっごい単純……」

「ヤクさん、私のことめちゃくちゃ大好きなんで適当言えば大抵なんでもしてくれます」

「悪女だ……」

「いや、ヤクさんがおかしいだけですよ。たぶん腕を千切るぐらいならほっぺにちゅーで許してくれます。


 流石にそれはちょっと怒るよ。

 深見の方を見ると思ったよりもバクバクと食っている。


「……それにしても……よくそんな平気な顔をしてこの場に入れるよな。敵対者ばかりの中で」

「ん、いや、敵ってわけでもないさ。だって……もう俺の勝ちで決着しているだろ?」


 焼肉を頬張りながら彼は言う。


「分業に分業を重ねてこの世界は成り立っていたのに、もういくつもの国が落ちている。複雑に絡み合っているからこそ何十億人という人口を支えられているわけで……それがいくつかなくなれば、もう無理だ」


 俺は腹に米を詰めながら聞く。


「ドミノ倒しのように壊れるだろうし、こうして飯を食えるのもあと数ヶ月。俺たちの勝ちでもう話は終わって、今は戦後処理だ」

「……」

「勝因は民意だな。この世界はムカつく奴が堂々とのさばりすぎた。あのカスを打ち倒せるなら自分はどうなってもいいという考えが強くなった。……まぁどうでもいいか。戦いは終わってる、数年前には。……それで、俺個人としてはヘドロ以外は気に入ってるんだ」


 俺は喧嘩を売られているのかと思って眉を顰める。


「ヘドロも敵対はしたくないし……。仲間になれよ、お前ら全員さ」

「……は、何を言ってるんだ」

「おかしい話じゃないだろ。通信もすぐにガタガタになる。すると俺の威光も遠方になれば消え失せて、別々の奴らが台頭してくる。第二回戦だ。昨日の敵は今日の友ってやつだな」

「……イカれてるのか」

「何がだ? 悪い話じゃないだろ。たぶん、数年もすれば俺が最大派閥だぞ」

「その第二回戦を勝って世界が安定すればお前はまたちゃぶ台をひっくり返すだろうが」


 腹の中に食べ物を詰めていく。

 イライラしているのを誤魔化すようにだ。


「まぁそうするだろうな。けれど、悪くないと思うぞ。同じ目標に向かって仲間と努力するのは」

「──深見、お前は……物質的な豊かさを、何ひとつとして信用出来ないんだな」

「……」


 深見は黙って俺を見る。


「お前の言葉はいつだって精神や気持ちの話ばかりだ。「社会の階層が固定化している無力感」「嫌いな奴が苦しんでると嬉しい」「ムカつく奴がのさばってると不快」「俺はお前らが嫌いじゃない」「仲間と努力するのは楽しい」……そりゃそうだけどな。お前の悍ましさは、金を信じていないことだ。物の豊かさによる幸福を、心の底から信じていない」

「……アホらしいんだよな。金って。日本で育てられている豚の大半が三元豚なんだけどさ、結構飲食店とかでブランド豚みたいに名前を乗っけてたりするだろ?」


 深見はメニュー表をトントンと指で叩きながら言う。


「そりゃ詐欺じゃないけどな、事実三元豚なわけだろうし。けれど、高級な肉であると誤認を誘おうとはしてるわけで。豚に限らず……大概、みんな似たようなことをやってるわけだ」

「……」

「騙そうとするとき苦しいに決まってるだろ。付加価値がどうとか言って得するために実態よりもよく見せようとするのに、多くのやつは良心が咎めるだろう。……物質の豊かさを称揚する先にあるのはこの豚だよ。全員ががちょっとずつ他者を騙そうとして、ルールのギリギリをなぞろうとする」

「……だから壊すのか」

「誰のためにもなってない世界だ。吐きたくもない嘘を並べて物の溢れた生活をするのより、ヘラヘラ友達と馬鹿やる方が楽しいなんて……大概のやつがそうだろ」


 深見は米をたくさん食べてちょっと気持ち悪そうにしながら言う。


「お前は違うのか? ヘドロ。惚れた女と気の合う仲間。……随分と楽しそうだ」

「……」

「俺もお前も同じだよ。そして俺たちは特別でもないし珍しくもない。通帳に増えていく数字を見るのよりも、友達と馬鹿やる方が好きな普通の人だ」


 それ以上の言葉は返せなかった。

 ……誰よりも恵まれた力を持っていながら、クイナと出会うまで死ぬつもりだった俺が……それを否定出来るわけもない。


「自警団の連中も誘っておいてくれよ」

「……お前のせいで何人死んだと思ってるんだよ」

「戦いってのは一方的に出来るもんじゃないだろ。何万人が命をかけてまで戦うほど腐った世界を作ってきて、そしてそうして立ち上がったものを武力で黙らせようとした奴らがいた、そいつらが悪い」

「……人造人間を作って兵士にしていたやつが、圧政がどうとかよく語れる。……お前の言葉はそればかりだ。いつも都合のいいことばかりを語って」


 話している内容はクイナのものと似ている。

 けれども……ああ、クイナとは全然違うのだ。


「……三元豚みたいなやつだよ。お前は」

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