第34話:あなたが見殺しにしたひとは

 飯を食べて少しして、クイナがぽてりと俺の体にしなだれかかる。


「……暇ですね」

「面白いものとかなかったろ? もう来るなよ」

「……私のこと、嫌いですか?」

「負い目がある」


 嫌いなはずがなかった。

 父も母も他人と等しく他人と同じで、そんな中で俺の心に触れてくれた子だった。


 恋愛ではなくとも親愛の情は湧いてしまっていて、だからこそ……触れ難さがあった。


「俺は知ってたよ。結構前から、深見クノウ達が人を造って兵士にしようとしていたことを……。けれど、それでも……俺は助けようとはしていなかった。見逃していた」

「……」

「俺の意思が世界に反映されるのが怖かった。やろうと思えば誰でもなんでも潰してしまう。だからと考えて見逃して……見殺しにした」


 俺の手に少女の手が重なる。

 雨足の音は強まるのに、聞こえてくるのは自分の心臓の嫌な音ばかりだ。無限の再生能力を手に入れて身体は丈夫なはずなのに、不思議と全身が酷く痛むような感覚があった。


「俺は……お前を、師走川クイナを見殺しにした。……だから、好きとか嫌いとか、言えるわけないだろ。だから、もうここには来るな」

「さっきは慰めてくれたじゃないですか」

「……それは、無責任だったから」


 俺はそう吐き出して師走川クイナという少女を拒絶する。

 無関心であれば、無責任に一度見捨てた人の手を取ろうと出来たかもしれない。


 けれども……知ってしまったせいで、情を抱いたせいで、他人とは呼ばなくなったせいで、重くのしかかる。


 傍観者という罪に、見捨てて見殺してしまった事実に、全身が軋みをあげて痛むのだ。


「……厄神さん、私は」

「俺は──!」


 クイナの言葉を聞きたくなくて、遮るように叫んだ瞬間。

 遮った俺の言葉をまた遮るように雷が落ちる。


 一度光ってすぐに音が鳴る。

 一度光ってすぐに音が鳴る。


 繰り返したそれは大きいくせに不等な間隔で俺の心臓の音によく似ていた。


 プツン、と、光がなくなる。

 停電で暗闇になるという状況なのに……俺はそんなことよりも、クイナの息遣いばかりを気にしていた。


「……もう、厄神さんが誰にも影響を与えないなんて、無理ですよ」

「……」

「だって、送ったメッセージになかなか返信が来ないだけで泣きそうで、不貞腐れた返信がきただけで飛び上がってしまうんです」

「……」


 停電で真っ暗だ。

 クイナの顔は見えず、重ねられた手がなければ近くにいることすら分からない。

 エアコンの暖房さえ止まって、雨の音が余計に強くなっていく。


「世界に干渉しないように、なんて。多くの人を見捨ててきたんでしょう。でも、あなたが最初に見捨てたのは、あなたが最初に見殺しにしたのは。……厄神さん、あなた自身じゃないですか」


 雨の音が鳴る。

 うるさいぐらい。その音が鳴っている。


「……一緒に、洋菓子店やりましょう。貧乏でいいです。洋菓子じゃなくてもいいです。……あなたと一緒にいたいんです」

「……なんで俺なんだ」


 暗い中で、クイナの声ばかりが響く。


「さあ? なんででしょうか?」


 あっけからんとクイナは笑って、重なった手を頼りに俺を抱きしめる。

 小さな身体では抱きしめるというよりかはへばりつくみたいな格好なのかもしれないが、確かにクイナは暖かくてぽかぽかとしていて、俺の人生がめちゃくちゃになるには充分な瞬間だった。


「……ごめん」

「いいですよ」

「……ごめん」

「大丈夫です」

「……ごめん」

「平気です」


 それから無言の時間が過ぎていって、くちんっと、クイナがクシャミをする。


「恥ずかしいです」

「……寒いか。エアコンついてないもんな」


 クイナの身体を抱き寄せて、それからベッドに入る。

 温めるためなんて言い訳をしながら、その小さな身体を抱きしめた。


 少し固くなった身体はすぐに弛緩して、クイナの小さな手が俺の頭を撫でた。


「男の人に、押し倒されたら抵抗するように……ミズキさんに言われてます」

「……そうした方がいいと思う」

「しませんよ。厄神さん、可哀想ですから」


 歳下の……年端もいかない少女に甘えるなんてどうかしている。どうかしていた。

 停電で寒いからなんて言い訳をして、停電の復旧が終わってエアコンが動きはじめてもずっとその言い訳を手放さないようにクイナの身体を抱きしめ続けた。


 そうしているうちに、いつのまにか雨は止んでいた。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 眠っているクイナは寝ぼけながら俺の頭を撫でようとして、俺はそれにされるがままにされてしまう。


「……勝てないよなぁ」


 あれからそれなりの日が経った。

 クイナにもらったものを数えるには、二進数でも両手の指では足りないほどで、俺が与えたものは片手で足りてしまう。


 アレから結局、クイナにはなんだかんだと頭が上がらないし、別にそれでいいやと思ってしまっている。


 あまりにも大切で愛おしい。

 どこの誰よりも尊くて、狂ってしまいそうなほどに俺の心を掴んで離さない。


「愛してる。……クイナ。今日さ、クイナが誰かに取られやしないかなんて考えて、気が気じゃなかったなんて……笑わないでくれよ?」


 眠っている少女の頬を優しく撫でる。

 けれども、少しずつその手に力が入りそうになってしまう。


 俺の丈夫な体を突き破らんとばかりの偏愛が溢れてきそうなのを抑えながら、俺はもう一度抱きしめる。


「喜んでしまうよ。今の状況を、だってさ、秩序ある世界なんて……もっとクイナを苦しめるだけだろう」


 小さくて、温くて、優しくて。

 愛しくて愛しくて仕方ないこの子が……ずっと希死念慮を抱きながら生きる世界なんて望めるはずもない。


 きっとクイナはそれでも自警団や秩序側の味方をしてしまい苦しんでしまうのだろう。

 眠っている彼女を抱きしめる。


 クイナは今日のことを心配していたが、俺にクイナ以外が目に入るはずもなかった。


 明日から……とりあえず、人造人間の設計図を探そうか。

 一応、アテは出来た。

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