第32話:教育的なプレイ

「意外と質素なところに住んでますねー」


 俺が借りているアパートを見るなり、クイナは何故か感心したように手をパタパタさせながらそんなことを言う。

 向こうみずなクイナでも、流石に男の家に入るのは躊躇するのか、俺の顔色を窺うように俺の後ろについてきて、服の袖を摘む。


 ちょうどのようにポツリポツリと雨が降り始めたのでその手を握って部屋の中に連れ込む。


 クイナの手は温かく、緊張のせいか少し汗ばんでいるようだった。


「……まぁ、高い良いところに住む意味もないしな」

「へー、あっ、傘かけてあります。傘とか差すんですね」

「そりゃ差すこともあるだろ……」

「てっきり全部の雨粒を避けたりして対処しているのかと」

「そんなのいたら不審者だ」


 自分の家の中にクイナが入ってきて、可愛らしい靴を脱ぐ。

 ……近所の人に通報されたら面倒くさいなと思いながら中に入ると、クイナは少し緊張した様子で俺の部屋を見回す。


「何もないですね。座るところもないです。ベッド借りますね」


 クイナは俺が許可を出す前にベッドを椅子代わりに腰掛ける。


「世界最強の人って言うから、すごいところに住んでるのかと思ってました」

「別に住めなくもないけどそうする意味もないしなぁ」


 ベッドの上に座るクイナを見る。

 ぽかぽかとした子供の体温が空気越しに伝わってくるようにいつものひとりの部屋よりも暖かく感じる。


 照れなのか緊張なのか、少し頬は赤く染まっていて、指先は何かを期待するようにもじもじと小さく動く。


「……こ、これから、何します? ……あっ、そうだ。男の人ってパソコンの中にえっちなものを隠す習性があるんですよね。見てもいいですか?」

「ダメだ」

「えー、いいじゃないですか。やっぱりいかがわしいものあるんですね、えっちー」


 クイナは白い脚をパタパタと楽しそうに揺らして、それから少しして脚を止める。

 それから頬を赤らめて俺を見つめる。


「……本当にあるんですか? えっちなの」

「いや……」


 そりゃあるだろ。色々と、男だし。

 俺はそう言えずに目を逸らすとクイナは興味と恥ずかしさを混ぜた表情で俺の服を摘まむ。


「み、見せてもらえませんか? その、そういうの……ミズキさんに禁止されていて」

「いや見せるのはまずいだろ」

「いやいや、この年になっても全然知らない方がまずいですよ。知らないうちにえっちなことをされたらどうするんですか、主に厄神さんに」

「しないからな。……いや、まぁ……確かに何も知らないのは問題か……?」


 つい最近まで深見クノウの組織で訓練ばかりさせられて、色々と厳しそうな真中に預かられてという現状では本当にそういった知識は薄いのかもしれない。


「そうです! 何も知らないのはまずいです!」

「かといって、そういうポルノを見せつけるのは……」

「興奮しますか?」

「ちょっとだけ。……じゃなくて、倫理的な問題あるだろ。というか本当に何も知らないんだよな?」

「そうですね、厄神さんの体に対して異常な興味と欲望は持て余していますが、どうやったら発散出来るのかを知りません?」

「…………。とりあえず、そういうのを見せるのはなしだ。けど、まあ……まったく教えないわけにもいかないか……。中学生だもんな」


 普通に小学生の女の子でも軽くは習うものだろうし、変な意味ではなく性教育というのは必要かもしれない。

 変な男に騙されでもしたら不味い。


 ベッドの上でいそいそと正座をするクイナを見て話す。


「とりあえずそういうのは見せないぞ。それで……教科書的なことなら教えてやる」

「えっ、あっ……や、厄神さんが直接ですか? あ、いえ、その……よ、よろしくお願いします。ほ、本当に何も分からないので、えっと、優しく、してください」


 顔を真っ赤に染めたクイナは俺に身を任せるようにベッドの上に倒れて、不安気に白い髪を触る。

 ……俺はあえてそれを無視して話しはじめる。


「まず、人間をはじめとして多くの生き物はDNAというものを持っていて──」

「あ、本当に性教育するんですね」

「なんだと思ってたんだよ」


 クイナは少し残念がりながらも、本当に何も知らないのか俺の話を興味深そうに聞く。


「──そんな感じで減数分裂をしてくっつくことで多様性を作ってるんだよ」

「へー、そんな仕組みだったんですね。それで具体的にどうやったら子供が出来るんですか?」

「植物の場合、花粉が受粉して……」


 と、雨の音が響くなかで話していくが、クイナはあまり納得していない様子で首を傾げる。


「んー、結局人間の場合はどうやったら赤ちゃんが出来るんですか? 具体的な手順がふわふわしてます」

「いや……あんまり生々しいところにいくと……」

「私が変なことをされても分からない可能性があります。はっ、まさか、厄神さんはそれが狙い……!?」

「違う。……真面目な話だからな、茶化したりするなよ」


 雨足が強くなり、風の音も強い。

 電車はもう止まってしまったかもしれない。


 クイナは寒いからか、ふとももをぴったりと俺の体にくっつけて、頭を俺の肩に寄せる。

 暖かい子供の体温にドギマギしてしまいながら続ける。


「まぁ……こう、男の体には出っ張ってる部分があって、女の体にはへっこんでるところがあって、こう……ジョイントして、遺伝子を放出して受け取ると子供が出来るんだ」

「ん、んん……? へっこんでるところ? 出っ張ってる部分?」

「……マジか。分からないか?」


 そのレベルかぁ……中学生の溢れんばかりの性欲があるのにそのレベルの知識もないのは確かに辛かろうとは思う。


「見せてもらってもいいですか?」

「よくないな。そういうのは見せたら捕まるんだよ」

「厄神さんを捕まえられる人類なんていませんよ。んー? 私にもあるんですよね?」

「そりゃ……」

「自分のを確認したいのでどこにあるか教えてもらってもいいですか?」

「そろそろ勘弁してくれ……」

「半端なところで終わらないでください……! 厄神さんが真面目に教えてくれることは分かってますけど、それはそれとしてムラムラが増してるので、発散方法だけ教えてください!」

「スポーツとかやれよ……! とりあえず異性の体に触りたがるやつとか見ようとしてくるやつだけ避けたら変なことにはなりにくいはずだから、そういう奴は避けてな」


 俺の言葉にクイナは胸の前で腕を組んで考え込む。


「異性の体を触りたがるとか見たがるやつ……つまり、厄神さんといるときの私みたいなやつとは距離を取れってことですね」

「そうだよ」

「なんでそんなことをしたがるんですかね?」

「本能的なものだろ……」

「……そういうものですか。……んー、厄神さんも女の子とくっつきたくなるときってあるんですか?」

「そりゃあるけども」


 首を傾げたクイナの言葉に返事をすると、クイナはパァッとあどけない顔を輝かせる。


「私ならくっついていいですよ?」

「するわけないだろ……。お前の将来によくない」

「ん、将来なんて考えなくていいですよ? ……今は、今はこの……埋まらない空虚さと死にたさを誤魔化せたら良くないですか? 私もあなたも」


 まるで俺も同じであるかのようにクイナは言って、俺に体を寄せた。俺は死にたいとも何とも言っていないのに。

 ……まぁ、変なことをせずに体を触れ合わせるだけなら……いいか。


 そう考えて膝の上によじ登ってくるクイナを好きなようにさせる。

 そういや、俺もこの子もこうしたスキンシップは初めてなのではなかろうか。殺人兵器として育てられたなら肌を人と触れ合わせる機会もなかっただろうし、真中も同性だとしても中学生ぐらいの子がベタベタするのは注意しそうだ。


「……あったかいな」


 と、感想を口からもらす。

 少し……真中は厳格すぎるかもしれないな。俺の腕の中でまるまるクイナを見てそう思った。


 人の暖かさに触れたいぐらいは、同性なら叶えてやればいいのに。

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