第30話:初恋
幸せなんだと思う。
俺のことを理解してくれる人がいて、ヘラヘラと一緒に馬鹿を出来る仲間がいる。
クイナの身体のこととかの不安はあるけれど、どうにかなる見込みはある。俺にとって、たぶん、人生で一番幸せな時期なのだろう。
隣で眠る少女の柔らかい白髪を撫でて、起こさないようにゆっくりと抱き寄せる。
軽い体は人形のように力なくされるがままに俺の腕に収まった。
今日は少し不安に思った。
深見クノウの存在がではない。深見クノウを見たクイナが……関心を示さなかったことだ。
普通に驚きはしていたが憎しみなどは向けていなかった。
己を勝手に造って使い潰して苦しめて捨てた……なんて、その場で殺しにかかってもおかしくない相手だ。
もしそこまでクイナが憎んでいたなら深見を殺すことも想定していたが結果は無関心。
クイナの青い目は珍しいものを見たとばかりに少し開いただけ、付けっぱなしのテレビから名前だけ知ってる芸能人の不倫騒動が流れてきたときみたいに、つまらなそうな驚き。
……憎しみを持ってほしかったわけではないけれど、けれどもその憎しみの根源は「自分を苦しめたこと」によって生まれるものだろう。
クイナは苦しんでいたはずなのに深見に恨みがない。
この前の学校での話を思い出しながら、体をぴたりとくっつけて、クイナの胸の心臓の音を感じて少しだけ安心する。
クイナは……師走川クイナは、自分を愛していない。
昔のことを少しだけ思い出した。
◇◆◇◆◇◆◇
「あっ、いたいた。厄神さん、こっちです」
「……待ち合わせとかしてないだろ。なんでいるんだよ」
「そりゃあ、ミズキさんとの勉強会が嫌で逃げてきたからですよ。普通なら捕まったときに怒られますが、厄神さんと接触したとなれば驚きでグダグダになって誤魔化せますから」
「クソガキ……」
「あ、お金ないのでご飯奢ってもらっていいですか」
「クソガキ……」
クッキーを作ってから少しして、クイナは度々俺に会いにきていた。
俺は口先では邪険にしつつも結局は財布を出したし、話し相手にもなっていた。
今になって思えば、相手が幼すぎて気が付かなかっただけで無自覚のうちに師走川クイナという少女に惚れてしまっていたのだろう。
「それで、今日は何の愚痴だ」
「あ、聞いてくださいよ。ミズキさん中学校に通えって言うんですよ? 私、殺人用の人造人間だってのに」
「……殺人用の人造人間でいてほしくないからだろ」
「ならあのときに殺したらよかったのに」
と、世間話のように彼女は言って、俺は思わずギョッとクイナを見つめ返した。
彼女は不思議そうに振り返って後ろの飲食店を見る。
「あっ、そんなに目を開いて、そこまでハンバーガー食べたかったんですか? 確かにあの期間限定のボリュームは気になりますね」
俺の驚きはタワーのようになったハンバーガーに向けられたものと誤解したクイナはファストフード店へと俺の手を引っ張った。
クイナの言葉に驚いたのだとは言いにくく、仕方なくその店内に入って二人でその期間限定のハンバーガーを注文する。
大量の肉とソースが重なったそれは、受け取ってから席に運ぶまでに崩れてしまいそうなものだった。
食いにくそうだな……一人なら絶対に注文してない。
食べ始めて、クイナは特に口が小さいからかどう食べたものかと四苦八苦している。
思わず笑ってしまうと、クイナはぶすーっと不満そうに俺を見る。
「そっちも食べるの下手くそじゃないですか」
「いや……上手くは食えてないけど師走川ほどじゃない」
「むうう……。まぁでも、美味しいですね、このハンバーガー」
そうだろうか。
肉とパンの割合が偏っていて脂っこいし塩辛い。
「SNSが好きな奴が写真撮るためのものって感じがするな。普通のハンバーガーを普通に食った方が美味いだろ」
「んー、食べにくいって困難を楽しむものだと思いますよ」
食べにくいとはしゃいでいたクイナが言うのか……。
クイナは不意にやたらと冷めた目を向けることがある。
あるいはいつもはしゃいでばかりの方が演技で、冷めたところが彼女の本質なのかもしれない。
「私は……このハンバーガーを特別美味しいだなんて思いませんけど、あまり否定したいとも思いません。……愛知さんの気持ちは分かります」
「愛知? 愛知リュウか?」
彼女を助け出した男の名前が出てきたことに少し驚くと、彼女は冷めた表情のまま小さな口で大きすぎるハンバーガーを小さく齧った。
「私はこのハンバーガーみたいなものです。用意された、ちょっとはしゃげる程度の困難です」
「……本心で救いたいって思ってるだろ、アイツは」
「でしょうね。けど、自分の手に負えないところは諦めます。だから、あの街にずっといるんです」
「……嫌いなのか?」
クイナは少し、ハンバーガーを見て首を横に振る。
「そう聞こえましたか」
「そう聞こえたな」
「……自己嫌悪ですよ。このハンバーガーみたいな自分が好きになれないから、自分に親切な人が好ましく思えないってだけです。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いように、自分が嫌いなら仲間も嫌いです」
……分かりやすく落ち込んでいるな。
「……美味いと思うよ。このハンバーガー。時々このチェーン店で食ってるけど、毎回ちゃんと期間限定商品のソースの味とか調整してるのが分かる。味も好きだ」
俺の言葉にクイナはクスリと誤魔化すように笑う。
「……慰めてます?」
「慰めてないよ」
「口説いてる感じですか?」
「自惚れるなクソガキ」
俺の言葉を聞いて、ポテトに手を伸ばす。
ポテトをちゃんと飲み込んでから、彼女は窓の外を見る。
「……慰めたり、しなさそうだから会いにきたんです」
「慰めてはないだろ。……助けられたくはなかったのか」
「どんなことも、助けられるのというのは自分からも動く必要があるので面倒くさいものですよ。……アレもコレも、全部面倒で。……たぶん死んだら悲しむ人がいるんだろうなと、思えば自分を無碍にも出来なくて」
気の利いた言葉は浮かばない。
ハンバーガーをパクりパクりと腹の中に入れていく。
「俺はさ、お前に嫌われてもどうでもいいよ。だから、まぁ嫌うなら俺にしておけ」
クイナは苦笑してから俺を見る。
「なら、愛知さんやミズキさんみたいに私に優しくしてください。そしたら嫌いになれるので」
「飯奢ってやったろ」
「ふふ、変な人です」
食べ終えて、特に用もないので適当に帰ろうとしたらクイナが着いてくる。
会話はないけど、クイナの小さな足はとことこと少しだけ早足で、俺は少しだけいつもよりもゆっくりと道を歩いた。
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