第22話:発表会
俺は動物園に行ったことがない。
遊園地とかも、家族旅行も。
家の中は居心地が悪かったけれど、だからと言って途中まで通っていた学校がいいものだったかというとそうでもない。
学校ではいつも真っ白な作文用紙を見ていたように思う。
「家族との思い出」も「夏休み楽しかったこと」も「将来の夢」も、書けないと分かっていたから、俺はじっとその時間が終わるのを待っていた。
「僕の将来の夢は」とだけ右上に書かれたそれを見つめて、見つめて。
楽しそうに、恥ずかしそうに、作文を発表していく彼等を見て……劣等感とどこか気楽な諦念を抱いていたように思う。
愛知の怒気と真中イバラの言葉を聞きながら、なんとなく、作文の発表会の時間を思い出した。
「あ、あの……すみません。どういうことですか?」
話のノリについて来られていない柳キリの方を見て少し困りながら話をする。
「あー、真中イバラが数年前から裏切っていて、それに愛知がキレた感じ」
「え、ええっ!? 大変じゃないですか!? あわわ」
信じるのか……。
明らかに俺達の方が怪しいだろうに、さっきの話の流れも加味しているとしても……ああ、いや、違うか、違うな。
この子は別に俺と違って傍観者ではなかったのだろう。
真中イバラと関わったことがあって、無自覚にも怪しいと感じていたのだろう。
「……大変でもないかな。本性を出したってことはもう仕込みは終えてるんだろう。武力でどうこうなる範囲じゃないらしい」
「えっ、えっ、じゃあどうなるんですか?」
「そりゃ……なくなるんだろ。異能対策機関」
他人事だから、俺は適当に言った。
厄神家は自滅した。深見クノウの組織は自らが望んだ混沌の暴力で半壊して、異能対策機関も裏切りで壊れるのだろう。
全て深見クノウの思惑通りなのだろうか。
「な、なくなるって……」
「なんだろうな。物理的には俺がいる以上は無理だろうし……。まぁスキャンダルとかじゃないか? これだけ長く大きい組織ならいくらでもあるだろうし、税金を投入されまくっている半公的機関だ。国民が「コイツらはダメだ」と判断したら機能を停止するだろ。まぁ……仕込みの期間が長いから他にもあるだろうけど」
「あわわ」
「慌ててるなぁ」
「あわわ」
国民の信任を得られなくして、溜め込んでいる金を潰して、どこかから借りることも出来なくすれば首が回らなくなるだろう。
多くの異能力者を抱えた巨大組織ではあるが、古く大きすぎた。
まぁ国としては全力で守るだろうが……いや別の組織を強化したり立ち上げたりするだろうか。
まぁなんにせよ、やれることはないか。
来るのが一足か二足ほど遅かったな。もっと前にクイナのことを調べていれば上手くやれたかもしれないが、言っても仕方ないだろう。
……愛知達は結構暴れているのに人は集まって来ていない。
それなりに他の場所から離れているにしても揺れぐらいは感じられるだろうに、それほど混乱しているのだろうか。
あるいは模擬戦とか訓練で多少の騒音には慣れているからか。
確か真中イバラの異能力は『異能力を借りる異能力』だ。
クイナのコピーに近いが、同意を結ぶことが必要である部分が劣っていて、消費する魔力が少し少ないことと同時に行使出来る量が多いところで勝っている。
同意を結ぶことは五大名家の当主であることを考えると簡単だろうし、長く生きただけあって借りられる異能力も多いだろうことを考えるとクイナの異能力の上位互換と言える性能だろう。
土の壁で愛知を潰そうとしたかと思うと火炎と雷が放たれ、風の刃が愛知の身体を切り刻もうと飛び交う。
多様な異能力……愛知をそのまま倒そうとしているというよりも愛知の液状化の性質を知ろうという様子だ。
愛知の手に持っている武器が地面に引き寄せられて落ちる。
「重力操作……いや、磁力か」
これで愛知の攻撃手段はなくなった……と考えていると、愛知の手が壁に触れて、壁を溶かしたかと思うと軽く成形してから異能を解いて剣を作る。
器用だな。コンクリート製の剣なら磁力で無力化は難しいだろうが……真中イバラの放った岩の砲弾を防ぎきれずにペキリと折れる。
愛知の半身が吹っ飛ぶが、飛び散った液体が集まって元に戻る。……消耗戦だな。
まぁ在野の異能力者で魔力量が少ない愛知を倒すなら有効な手ではあるが……俺がいることを忘れているのか?
生き残りたいならリスク承知で出来る限り少ない消耗で愛知を倒して、俺の相手をするというところだろう。
愛知の立ち回りがうまくて倒しきれていないというのもあるだろうが……まだ狙いがあるのか?
ああ、いや、そりゃそうか。
先日、五人組の異能力者を倒したときにも見た黒い渦が愛知の後ろに発生し──そこから伸びてきた短剣を掴んで止める。
「脱出の手段ぐらい用意してるか」
まぁ愛知の体に短剣なんて効果はないだろうが……短剣を持っている手を掴んで黒い渦から引っ張り出して地面に叩きつけられる。
無茶苦茶にするだけして、これで逃げるつもりだったのか。
「……愛知、そいつは任せたぞ」
「ああ!」
明らかに格上だが、愛知ならどうにでもするだろう。
俺は欠伸をしながら黒い渦の中に入り、テレビのチャンネルを変えたように周りの空間が切り替わる。
空っぽの倉庫のような場所。それなりに遠方なのか空気の感じが違う。
空調設備はないのにかなり冷える……と、俺は慄く男達に囲まれながら考える。
「さて……と……。作戦とか全部めちゃくちゃだよ。あっちもこっちもライブ感で動きすぎだろ。んで、ちょっとムカついてるんだよな。やらないといけないことがあるのに、予定通りにいかないと」
クイナの設計図を手に入れて、彼女の健やかな生活のために動きたいのに……。
異能対策機関にスパイがいるとか、スパイが真中の母親で異能対策機関のトップだとか、もう仕込みは終わっているとか。
些末な出来事で邪魔されるのは気分が悪い。
……深見クノウは混沌を望んでいる。あちらもこちらもめちゃくちゃになって泥沼化したら思惑の通りなのだろう。
どこの国のどの組織も崩れている中で、深見クノウの組織だけが強ければ世界は一致団結するだろう。
反対に深見クノウの組織も壊滅すれば、どこもイニシアチブを握ろうと動いて一致団結どころか敵同士となる。
勝利ではなく混沌を望むのならば……自身が壊されることすら利益となり得る。
だったら手を出さないでいるべきか。
それともちゃんと徹底的に潰した方がいいのか。
ハッキリ言って、俺には正解が分からない。きっと誰にも分からないだろう。
正解が分からないから……強い力を持ってるくせに、傍観者ぶっていたのだ。
「ヘドロの王」あの男に言われた言葉が頭の中に張り付いていたが、それが剥がれ落ちる。
「……あー、あー。作文の発表会。変なこと言ったやつはみんなに笑われていてさ、自分がそうじゃないことに安心してたんだけどな」
「ぷー、くすくす、本当にヤクさんは私のことが好きすぎませんか?」あのクソガキに言われた言葉が頭の中にベッタリとまとわりついてくる。
「アイツにさ笑われるのも悪くないって教わったんだ」
この場にいる全員、俺の言葉なんて聞いてはいないだろう。
「とりあえず、俺もこの物語に参加することにした。……全部、ひっくり返すところから始めるか」
短剣で自分の体を引き裂いて、大量の血が噴き出る。
瞬く間に倉庫内を俺の血が埋め尽くし、液体の重さに建物が耐えられなくなり、倒壊する。
空間を移動してきたのだから当然だが……。
崩れ去った箱の外側は、全く知らない景色が広がっていた。
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