第21話:蚊帳の外

「真中家の当主に会えるのか?」

「現在、五天一刃の一刃を預かっているのは私ですので」

「キリちゃん呼びされてたけど」


 童女は黙って悲しそうな表情を俺に向ける。


「まだ弱いので。私は」


 見た目とか年齢の問題だと思うけどな……。

 あのマシラ斬りだったか、すごい加速で突進しながら斬りつけるの大概の異能力者なら倒せていただろうに。


 白石ハガネは弾丸を避けられるそうだし、それに認められるレベルならこの子も出来るだろう。


「強かったと思うけどな。相性良かったから勝ったけど。強かったから後継者に選ばれたんだろ?」

「……いえ。弱いから、一刃に選ばれました」


 柳キリは悔しそうな表情を隠すように俺たちの前を歩いていく。


「一刃は対異能剣術の指導官という立場です。前線に出るのではなく技を伝える。……師匠は甘い人だったので、私が弱いから前線に出ないように配慮したのでしょう」

「そんなもんかな……」

「女が刀を持つなとよく言っていたので。女性が戦場に出ることをよく思っていないのです。……だから、無礼を働きました。少しでも戦いに近づきたいと。申し訳ございません」

「いや、まぁいいけど……普通に立場的にずっと稽古やってない?」

「基本的に、道場では異能は使わないので」


 歩きながら俯く柳に愛知はあっけからんとした様子で言う。


「それなら休みの日にでもウチに来るか? 仲間内で異能を使った模擬戦とかしてるけど、毎回同じメンバーだとマンネリになるし」

「いいんですか?」

「そりゃもちろん。厄神も喜ぶよ」


 俺はロリコンではない。

 いやまあそういう意味ではないか……。


「まぁ、愛知も剣術は習った方がいいだろうな。一般家庭出身で魔力が少ないから節約出来るところで節約した方がいい」

「一応ミズキから習ってはいるんだけどな。……と、どうした?」

「こちらの部屋ですね。真中さんは」


 ……真中ミズキの母で、クイナの遺伝子の元になった人か。

 まぁ、正確にはクローンの上に遺伝子改造もしてあるから、遺伝子的にもそれなりに違うのだろうが……。


 少し微妙な気分になりながら扉を開く。


「……似てないな」


 口から言葉が漏れる。

 遺伝子が非常に近しいとは言えど年齢も生育環境も性格も違うのでそっくりではないだろうと思っていたが……似ていない。


 真中ミズキと同じ黒い髪。

 苦労しているのか年齢の割に皺が目立つ。

 目は細めているのが癖になっているのか、口は曲げたまま固まっているのか……。


 顔の形自体は似ているはずなのに、随分と意地悪そうな相貌に見えた。


「……あなた達は、ああ、あの子の」


 真中イバラ……その人がこちらに目を向けて、すぐに興味が失せた様子で自身の机に置かれたモニターの方に目を向ける。

 もう少し感慨や色々な思いが湧くものだと思ったが、そこまで興味を感じられないのは彼女らはお互いのことを親戚とすら思っていないからだろう。


 愛知の方を見ると少し迷った様子を見せていた。


「娘のところの男が来てるんだから、もう少し関心を示せばいいのに。……と、初めましてだったな。厄神だ」

「……貴方が幼い頃に一度会っていますよ。とても印象的な子供でしたね。冷めていて、見下していて、そして憎んでいた」


 随分と話す……が、まぁ親戚のおばちゃんという様子でもない。


「私達は貴方の親族数人の仇ではありますが」

「興味はないな」

「そうでしょうね。厄神のものにそのような情はない。……と、思っていましたが、まさか隣に人がいるとは驚きですね。洗脳の異能力でも使えるのですか? 愛知リュウ」


 愛知は立場を決めかねるように首を横に振る。


「……いや、液状化だ。です。……随分と、落ち着いていますね」

「まぁ、想定通りではありますから。20年以上昔から」


 ああ……そうか、隠す気すらないのか。

 眉を顰めた俺と愛知と、よく分からないでいる柳キリ。


 真中イバラは自分の指先の若い子がするようなネイルを見つめながらゆっくりと口を開く。


「人にとっての幸福とはなんだと思いますか?」

「仲間と飯を食うとか?」


 愛知は答える。


「理解者がいること」


 俺も続ける。


「いい答えですね。……幸福とはきっと人との繋がりの中にこそあるのだと思います。だとするならば、我々はきっと悪なのだと思います」

「……我々?」

「機関ですよ。あるいはあらゆる治安維持のための公的組織が。……道に迷った子供を助けるのは誘拐になるでしょう? 迷った子供を助けるのは警察の役割で、ただの人がした場合、警察に任せればいいのに自分でしようとした、何か訳があると勘繰られることになります」


 彼女は続ける。


「あるいは社会福祉も同様です。公的な助けがあるのに助けようとするのはおかしいと。けれども、ならば警察や福祉の職員は善行をしているのか……それは違うでしょう。それは仕事でしかありません」

「……」

「人々から善行を奪っているのですよ。隣人を助けるあるいは助けられること、それは分かりやすく人の心を救うものになるのに、奪い去る。……人を不幸にするシステムだと思います」


 それが理由か。裏切った。


「……ミズキをどう思っている」


 愛知は怒気を滲ませた声で尋ねる。


「真中イバラ。……ただのろくでなしと言うなら仕方ないと思うさ。けど、善人ぶるなら違うだろ。……あの子の気持ちを考えたことはあるのか? 自分の子供を蔑ろにしておいて何都合のいいことを」

「……産みたかった訳がないでしょう。……愛そうとは思いましたよ。この子も哀れだと。愛したフリはしましたよ。それが母の勤めだと」


 愛知は吠える。


「下手くそなんだよ! どれもこれも! 演技が!」


 愛知と真中イバラは構えて、柳キリはあわわとした様子で二人を見る。どうやら事態を飲み込めていないようだ。


「あわわ」

「……後で説明するからちょっと下がってようか」

「あわわ」


 めっちゃあわわってなってる少女の肩を掴んで後ろに下がる。


「愛知、20年潜伏していたやつが隠すつもりもなく本性出してきたってことは……たぶん、もう仕込みは終わってるぞ」

「ああ……つっても、俺達がどうこう出来る範囲じゃないだろ。信用もなければ正式な仲間でもないんだ。俺達がやるべきは……あー、厄神、お前も色々因縁のある相手だろうが……」


 俺は頷く。


「どうでもいいよ。あんまり似てないしな」


 さて……と、全然話についていけなかったな。

 真中イバラの生涯とか機関内での立場とか、潜入して何をしていたとか知らないので真中イバラ関連のことは分からないし、真中ミズキと愛知の話もよく分かってないのでなんでそんなに怒ってるのかも分からない。


 テレビをつけたらなんかドラマがやっていて怒鳴ってる俳優がいるなぁみたいな、そんな感覚である。


 クイナが俺に甘えたり、俺のことを色々と聞きたがる理由が分かるというものだ。

 疎外感があって入り込めない。


 それはそれとして……まぁ真中イバラの仕込みはもう防げない段階だからバラしたのだろうと思うと……。


 トップの一角が20年かけてやった破壊工作か……。


「こりゃ、思ったよりも酷い状況だったな。機関は今日で終わりだな」

「あわわ」


 物理的な方法か、それとも政治的なアレコレか、あるいはもっと別の何かか……。


 プツリ、電源が切れたように、唐突に辺りが真っ暗になる。



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