第17話:別に誤解ではない
あくまでも「可能性が高い」という話でしかない。
遺伝子を盗む方法はないわけではないだろう。
……五大名家の当主ともなればなかなか前線には出てこないが……遺伝子が侵入者に盗まれていてもおかしくはないし、他に方法があるかもしれない。
だが、そうだとして……よりにもよって「真中家」を狙うか? 異能に関する異能というと最強っぽく見えるが、大概は「異能力者にだけ聞こえる声を出す」みたいなよく分からない謎の効果の異能力になりがちな家系だ。
安定した戦闘力を目指すなら他の家系だろうし、入手の難易度も高いだろう。
それに当主と言えども必ずしも家の中で最強の異能力者というわけではないし、当主を狙うぐらいなら他の強い奴を狙った方がいい。
同じ遺伝子の双子でも異能力は別になるから当主の異能力がそのまま手に入るわけではないし……遺伝子を盗んだのだとしたら割高でハズレの多いガチャを引いたようなものだ。
クイナを見る。ある程度は理解しているのか多少混乱しているが、完全には理解しきれていないらしい。
13年前から……いや、14年か。
少なくともクイナが生まれる1年前から……真中ミズキがまだ1歳か2歳かそこらのころから、既に真中イバラは裏切っていた?
「……いや、今、考えるべきことはそれではないか」
クイナと愛知の目が俺を見る。
俺はゆっくりと「嫌われ役だな」と思いながら結果を教えてくれた奴を指差す。
「放っておいたら不味いんじゃないか? 真中ミズキのツテということは、真中家当主とも関わりが深いんだろ」
愛知はハッとしながらも躊躇う様子を見せる。
「な、わ、我々は機関を裏切ってなど……」
「分かっている。が、それは「今は」だろ。真中家と関係が深いなら、そちらに報告する可能性が高い。直接的に機関内の政治の問題になれば事実は関係なく組織内の権力になる。外様である俺達の勝ち目はなくなる。数日、真中イバラの身を確保して話を聞くまではホテルにでも軟禁していた方がいいんじゃないか」
数日とホテルという言葉を聞いた白衣の男性はほんの少し安心した表情を浮かべる。
愛知は少し迷いながらも首を横に振る。
「……やめておこう」
「甘いやつだな。少し情報を渡せなくするぐらいはした方がいいのに」
「いや、あまり恨み買うようなことはしない方がいいだろ。こっちには厄神もいるから戦力的には勝ってるしな」
「まあ……それはそうかもしれないが」
「それに師走川の教育に悪いだろ?」
「クイナの教育はもう手遅れだろ」
クイナにパシンと叩かれる。
「あーじゃあ、この結果は消してもらって、誰にも秘密にしてもらっていいか?」
「は、はい」
愛知の言葉に白衣の男性は頷き、それから愛知は真中を見る。
真中は何も言わない。混乱も大きいだろう、自分の母親が自分を産む前から裏切っていたかもしれないだなんて……。
真中はゆっくりと口を開く。
愛知だけに任せるのも悪いし、俺も一言ぐらい慰める方がいいか……なんて思っていると想像していなかった言葉が吐き出された。
「母は……私を憎んでいるでしょうか?」
裏切り者への不満ではなく、裏切られたことへの悲観ではなく、裏切り者ではないと縋るのでもなく。
憎まれているかと問う言葉。
所在なさげに揺れる瞳は、色こそ違うがクイナのそれに似ているように思えた。
俺は泣きそうになっている真中を見て慌てている愛知の腹を肘で軽く突いてから、クイナの手を握ってその場を後にする。
クイナは自分のことは気にしていないのか、ミズキが心配そうに何度も振り返りながら俺に手を引かれていた。
「……さっきの「母は私を憎んでいるでしょうか?」って、どういう意味ですか?」
「そのままだろ」
「騙されてたミズキさんが怒るならまだしも逆は変じゃないです?」
「真中家の当主、少なくとも恋愛結婚ではないだろうしなぁ。それでも家のためとか大義のためとかあれば納得だろうが、当時から裏切っていたとすれば、その前提も崩れる」
憎々しく思っていてもおかしくはない。
と、口には出さずに視線をクイナに向ける。
自分のことは茶化してふざけて気にもしないくせに、真中ミズキのことは心配そうにしている。
少しクイナの手を握る手に力が入ってしまったのか、彼女は少し不思議そうに俺を見た。
「ヤクさん?」
「……まぁ、あるだろうけどな。愛情。そうじゃないと愛知のいる自警団に加入を許可しないだろ。惚れた男との恋をさせてやりたかったのか、それとも自分の裏切りが判明したときに逃げ場を用意してやりたかったのか」
「……それにしても……どうなってるんだ」
向こうのいくつかの支部の壊滅と、こちらの当主の一角の裏切り……。
「……もし動きがあるなら、機能停止している今か」
俺はクイナの方に目を向ける。
「愛知がミズキを落ち着かせたら……着いていてやってくれ」
「……私がいたら逆効果じゃないです? お母さんの遺伝子を改変した存在なんですよ」
「クイナは……近くにいたら、安心するやつだから」
「それはヤクさんが私のことを好きすぎるからでしかないような。……分かりました、けど、愛知さんの方がいいのでは?」
「愛知はちょっと俺が借りていく」
クイナは不思議そうに首を傾げる。
「……浮気、ですか?」
「はっ倒すぞ。……あちらからして、剣術指南役の白石ハガネの暴走により起こった混乱に乗じない手はないだろうからな。もし動くとしたら今だろう。止めるにせよ、嵌めるにせよ、今が好機だ。俺ひとりで行ってもいいが、成功率を上げるなら愛知は連れていきたい」
俺の言葉にクイナは不思議そうな目を向ける。
「随分愛知さんを買っていますよね。ヤクさんは」
「そりゃそうだろ。実績がイカれてる。何のツテもない中で……。深見クノウの幹部三人の撃退と二十年計画だった人工異能力者の計画を止めて、五大名家含む異能対策機関と争ってあの街を決戦の戦場にすることを回避。間違いなく時代を代表する傑物だよ」
愛知リュウはただの一般人だ。
ただの一般人が、たまたま住んでいる町が襲われたからという理由で立ち上がって、その才覚を発揮するに至った。
深見クノウも異能対策機関も想定していなかった時代の傑物が愛知という男だ。
俺がそう話しているとクイナはニヨニヨと笑う。
「なんだよ」
「いえー? 愛知さんもヤクさんに同じようなこと言っていたので両想いだなと」
「やめろよ……」
「全く、男同士でイチャイチャしよって。私のことも褒めてください。クイナちゃん美少女ナイスバディと」
「嫌だ」
「言ってくーだーさーいー」
「ナイスバディではないだろ……」
「夢中になってるくせに……」
「生々しい下ネタやめろ。特に今は遺伝子がどうとかで気まずくなるだろ……!」
クイナはジッと俺を見る。
……俺はクイナの視線に弱い。幼い子供のように目を逸らさないからというのもあるが、惚れた弱みのせいですぐに折れてしまう。
「……く、クイナは綺麗な体をしていると思う」
「どんな風にですか?」
「薄くて細くてこう……なんか、グッとくる」
俺が視線に負けてジェスチャー混じりで話していると、クイナの目が俺の後ろを向いていることに気がつく。
俺は背後を振り返る。ゆっくりと、そうゆっくりと。
涙を流していたのか少し目を赤くしている真中ミズキの冷たい目が俺の目を見つめる。
「……」
「……」
ゆっくりと視線をクイナに戻す。
助けてくれ、俺に言わせた責任を取ってくれ。
クイナは分かったのか俺にきゃぴっとウインクをする。
「ミズキさん、誤解です」
「そう、誤解なんだ」
「ヤクさんは私の身体に性的な魅力を感じているだけですっ……!」
俺はクイナの頭を引っ叩いた。
真中は俺の頭を引っ叩いた。
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