第15話:アレがアレらしいけどアレが何か分からない

「あれ? クイナさん、虫刺されですか?」

「へあっ!? は、はい。……ちゅーちゅーするのが好きな虫にやられまして」


 愛知に言われて自警団のアジトにやってきた。

 おそらく前話していた仲良し作戦というものだろうが、一瞬で破綻しかけた。

 愛知と真中が二人とも奥手であったことで、クイナの虫刺されを誤魔化すことに成功したことでことなきを得る。


「ね、ヤクさん」

「やめろ……ギリギリを攻めるのは……」


 アジト……と言っても相変わらず普通の民家にしか見えないそこの中で、愛知は机の上にジュースと菓子を並べながら言う。


「歓迎会は結局できなかったから親睦会を開こうと思ってな。ほら、色々と用意してきたんだ。たっくんに「男女の仲を深める遊びない?」って聞いてきてな」

「たっくんとまだ仲良くしてるんだ」


 俺の言葉をスルーした愛知はジャジャーンと大きな袋を取り出す。


「たっくんがオススメしてくれたツイスターゲーム? ってのを持ってきたぞ!」

「……」

「……」

「……愛知、たっくんとは縁を切れ」

「なんでだ!? よく分からないけど、たっくんに託されたんだ。たっくんは「俺は使うことができなかったが、お前なら……」って! このゲームには、たっくんの無念が詰まってるんだ!」


 いや……その無念はそのまま墓に埋めていいと思う。

 というか、俺と真中ミズキが仲良くなるための作戦でそれって……。俺と真中がやるのか……?


「愛知、変な性癖でもあるのか?」

「何がだ……?」

「ああ……どういうものか知らないんだな。いい子だからたっくんに返してきなさい」


 そもそも遊べば仲良くなれるという発想自体どうなのだろうか。子供じゃあるまいし……いや、真中はまだギリギリ未成年か。


 真中ミズキはため息を吐いて愛知を見る。


「はあ」

「いや、ほらさ、お互いのことを知れば仲良くなれるだろうし……」

「……厄神さんのことは理解しています。悪人ではないと思っています。好き放題出来る力があって、大人しく普通の人として過ごしているのも、普通に親切な人なのも」

「なら……」

「……いらないのは私の方でしょう。戦力として。異能力の無効化も、クイナさんが代理出来ます」


 愛知は少し怒ったような表情をした後、それからすぐに少し仕方なさそうに笑う。


「大丈夫だ。別に師走川もお前から離れたりしないし、俺もいる。あの二人も……別に、目的のためだけで一緒にいるわけじゃないよ」


 何の話だろうか、と、思っているとクイナに「邪魔するな」とばかりに手を引っ張られる。


「あるんですよ。初期メンバーは初期メンバー組でアレが、たぶん」

「アレってなんだ?」

「アレはアレです。私もヤクさんも後続組なので、何か分からない絆みたいなものがあるのでしょう」


 ……ああ、なるほど。

 と、ひとり思う。クイナの言葉に納得したわけではなく、クイナは今のこれを見てそう思うのだということが分かった。


 愛知と真中がどういう心情なのかは分からないけど、俺は何となくいいシーンっぽいなと思った。

 クイナも同様のことを思ったのだろうが、同時に「邪魔をしてはいけない」と線を引いたのだろう。


 以前にも言っていた。

 自警団を家族だと思っているけど、みんなには家族がいると。


 そのふたつとも、事実なのだと思う。

 そりゃ、家族はいるだろうからクイナのことは家族という枠組みとは違うだろうし、長い時間共に過ごした方が色々な絆が生まれやすいだろう。


 二人で廊下に出て、それから少しクイナを見る。


 クイナの寂しそうな表情は、不幸を思い込んでいるわけでもなく、彼らを信じていないわけでもない。

 ただ単純に……そりゃ、そうだろ、としか言いようのない事実であり、絶望の話だ。


「……説得、うまくいきそうだな。なんか雰囲気」

「ミズキさんはああ見えて流されやすいタイプなので」

「まぁ……節度は守れと言われるだろうけどな」

「節度……と言いますと」


 そりゃ……昨日とか、一昨日とか、先一昨日とかのことだろ。

 バレたら絶対に怒られるというか……最悪ぶん殴られる。カレースパイスの瓶で殴られる。


「それで、どうしたんですか?」


 俺が言い淀んでいたのを察してか、クイナは俺をじっと見る。


「……この戦いが終わったら、一緒に住むか」


 ぱちりぱちりと瞬きをしてクイナは笑う。


「もう半分一緒に暮らしてますけどね。……慰めてくれてます?」

「別に」

「えー、じゃあ、単に同棲したいだけですか? えっちー」

「ああ言えばこう言う……」


 そんな会話をしているうちにクイナの寂しそうな表情は和らいで、それに安心していると背後の扉が開く。


「あれ、急に二人して出ていってどうしたんだ?」

「あー、いや、なんでもない」

「あ、そうだ。ミズキも良いってよ」

「そうか。……じゃあ、本題に入るか」


 部屋に入り直しながらそう言うが、愛知は困ったように頭を掻く。


「それなんだが……ちょっと今、面倒なことになっているらしくてな」

「面倒なこと?」


 愛知の用意していたジュースをコップに注いでクイナに手渡す。クイナは両手でコップを受け取ってきゅぽきゅぽと飲んでいく。


「……深見クノウの組織、半壊した」

「…………は?」


 あまりに唐突な勝利に俺は呆気に取られる。


「ミズキのいた異能対策機関の幹部的な人がいたんだけど、その人が余命いくばくもない状態だったんだけど……」

「それが深見の組織と関係あるのか? 半壊の原因にはなりそうにないが……」

「いや、それが……」


 愛知は困ったように真中を見て、真中が気まずそうに続ける。


「その……すごく血の気の多いお爺さんでして、俺は戦場で死ぬと言って出て行ったらしく……。ポーランドとチェコとオーストリアとイタリア支部を壊滅させたそうで」

「……余命宣告受けたお爺さんが、ポーランドとチェコとオーストリアとイタリア支部を……?」

「はい。それでそのまま病死してしまったみたいです」

「戦死じゃなくて病死なんだ……。というか、異能対策機関って日本の組織だろ? いいのか? 海外でテロリスト壊滅させて」

「ダメですよ」


 ダメかぁ。そりゃそうだよなぉ。


「武力で国家転覆をしようとしている犯罪組織でその国も何としてでも止めようとしていた……とは言えど、他国の人間がそんな大暴れして許されるはずもなく……そういうこともあって、現在異能対策機関は未曾有の事態に陥っていまして……。完全にあらゆる処理能力がキャパオーバーで……」

「向こうはキレてるの? それとも好意的?」

「あちらはあちらで割れています。国民は好意的、政府と司法は猛反発って感じで。国ごとにグラデーションはありますが。まぁ……そういうわけで、その潜入作戦は受理されないでしょうね。というか受付停止中です」


 そんなことあるんだ……俺がクイナとイチャついたり、地域の清掃をしている間に……。


 ……まぁそれはそれとして……クイナの設計図自体は早めに確保したいのと、混乱している中に内通者がいるのは困るのではないだろうか。


 敵対組織を武力で壊滅させたとは言えど、深見クノウ達の本質は思想である。

 支部として集まっている連中も当然厄介だろうが、本質は当然のように隣人として深見側の人間がいることだ。


 壊滅させてもいずれ復活することだろう。


 そのときにこちらの組織が崩れている方が厄介。


「……内通者が動くにはちょうどいい混乱だろうな」

「えっ、もしかして厄神さん……」


 俺の言葉に真中は目を開き、愛知は「よっしゃ」と拳を鳴らす。


「まず内通者を探そう。そうしている間に混乱もマシになるだろ」


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