第14話:クイナの虫刺され跡
◇◆◇◆◇◆◇
「──己は剣の道を極められなかった」
老境へと差しかかりつつある男は、雑に伸ばされたままの髭を撫でながら自身の弟子たちに伝える。
愚剣術。
と、我流の剣技にそう名付けた男はため息を吐きながらそう言う。
男の目の前にいるのは機関の主要部を担う五大名家の子息たちだ、本来ならふんぞり返ってもおかしくない彼等は一様に正座をして小汚い身なりの男の言葉を待つ。
男の名は白石ハガネ。
異能力者達の組織の中でも有力な人物であるが、出生は一般家庭……どころか、異能力者ですらない。
時代外れの剣術道場の近くに産まれて、身体が弱かった男を案じた父母がそこで鍛えさせた。
人並みに強くなってほしい、ただそれだけだったはずが、けれども弱さとその弱さによる飢えを知っていた男はより力を求めた。
普通の剣道大会を制したあと、犯罪紛いの道場破りを繰り返し、道場を破門。破門された道場を襲い師範を瀕死の重体に落とし、その後は野良試合を繰り返し、年々エスカレートしていき組織の異能力者を襲うようになっていった。
理由は「強そうだったから」と。
ただの木刀を持った暴漢に正面から襲われて複数の支部が壊滅した組織は、当時の五代名家の当主二名により男を拘束することに成功。
なんらかの取引の末、男の拘禁は解かれることとなり、対異能力者戦闘の指南役として組織に所属することとなった。
異能力という個人差の大きすぎる技能は教育が難しく、男の持つ剣術は理論上は誰もが使えることと異能力との併用が容易であることから効果が期待されたのだ。
結果は、男の我流剣術、愚剣流を修めた隊員の死亡率・重症率の著しい低下により愚剣流の有用性が証明され、全隊員が愚剣流習得の努力義務が課せられることとなった。
それから約半世紀、組織内ほぼ全ての隊員の武術の師であることや多大な貢献により、白石ハガネは異能力を持たぬ身としては異常なことながら六人目の当主として認められていた。
五大名家当主『五天』改め『五天一刃』。
その一刃、白石ハガネは弟子達に話す。
「己は剣の道を極められなかった。何故ならば……刃の鋭さを己は知らん。手に持つその小さな物の、鋭さすら分からん愚者だ」
斬られたことがないと言う自慢ではなく、心底悔やむように男は言う。
「刃の鋭さの本当の意味すら知らぬ己には、剣の極みなど遠くも遠い。……だから、己は斬りに行く。深見クノウを? 違う、世の中の革命を? 違う。己が斬るのは、己自身よ。止めてくれるなよ」
五天一刃の直接の出陣。
弟子達は目を見開くが、男はそれに目もくれることもなく近くにいた少女に声をかける。
「柳。柳キリ」
和服を着た幼い黒髪の少女は深く頭を下げる。
周りにいた他の弟子達は分かっていたような、あるいは嫉妬の目を一際小さな少女に向けた。
「一刃の名前をお前に預ける。己は単騎で斬りには行くが、死ぬ気はない。五年後、己が戻らなければお前が名乗れ」
少女は返事をせずに深く深く頭を下げたままだ。
けれども微かに肩が震えていたのは、この後に師がこの世を去ることを理解しているからだ。
「ここに呼んだ奴らは、己が見込んだ奴らだ。己の愚剣をこれからも継承していくなら、柳を支えろ」
男はそう言ってから自身の仕事は終わったとばかりに道場を立ち去る。
男は廊下で咳き込み血を吐く。医者には残り一年と言われたが……安らかに死ぬつもりはほとほとなかった。
散々、剣のために人を斬ってきたこの人生。
己が斬られずに死んでなるものかと考える。
病、寿命、老い、そのどれもが自身が斬られずにいる理由には思えなかった。
自身が斬ってきたものと同じように──斬られて、死ぬ。
それが凶刃の責任であり、そして誇りだ。
部屋に残された弟子達は少しの間だけ沈黙し、ひとりまたひとりと去っていく。
残されたのは、まだ頭を下げたままの……一刃の名を譲り受けた少女、柳キリだった。
まだ幼い少女ではあったが、誰もがその才を……否、その力を疑うことはなかった。
奇しくも、異能力者ばかりのこの組織の中で珍しい、白石ハガネと同じ非異能力者の少女だった。
その後の白石ハガネの足取りを追った記録を、ここに記す。
ポーランド・ワルシャワ 再構築評議会支部との交戦
同支部、壊滅。
チェコ・プラハ 再構築評議会支部との交戦
同支部、壊滅。
オーストリア・ウィーン 再構築評議会支部との交戦
同支部、壊滅。
イタリア・ヴェローナ 再構築評議会支部との交戦
交戦中、白石ハガネの持病である肺線維症の急性増悪が確認される。
呼吸不全により同地にて死亡。
外傷なし。
敵性能力者による致死行為の痕跡も確認されず。
以上。
◇◆◇◆◇◆◇
「……ヤクさんって本当に私のこと、好きですよね」
俺の膝の上で、疲れた様子のクイナが俺にしなだれかからながらそう言う。
何度も繰り返しキスをせがむクイナに言われたくないが……。
クイナの白い髪をドライヤーで乾かしながら、上から彼女のうすくてほそい身体を見る。
先程まで深く触れ合っていた彼女は今はパジャマ代わりの学校の体操服に包まれていて、制服は壁にかけられている。
白くて長いまつ毛が揺れて、彼女は自分の首元の赤い……『虫刺され』の跡を触る。
「明日も学校なのに、困りますよ」
「それはその……悪い」
「……バレると流石に恥ずかしいです。……中にタートルネックの服でも着ていきます」
クイナは下から俺の顔を見て、やれやれと息を吐く。
「ヤクさんって結構『俺の女』アピールしますよね」
「……してるか?」
「してますよ。この『虫刺され』もそうですけど、すごく嫉妬深いです」
揶揄うというよりかは単に事実を確かめているような雰囲気だ。
俺はあまり自覚していなかったのでポリポリと頭を掻く。
「……まぁ、普通はそうじゃないか?」
「むー、彼氏いる子もいますけど、そんなにでもないみたいです」
胡座をかいた俺の膝の上に体育座りをするクイナはじとーっと俺の顔を見つめる。
「まぁ、私がヤクさんのものであるのは事実ではありますけど。……んー、うへへ」
「どうした、急に」
「いえ、こうしてる時間好きだなって。……いつもツンデレなヤクさんも、さっきまで名前を呼びながら好き好き言ってたからか、ちょっと素直ですし」
それはそっちもそうだろうに。
俺がそう思っていると、クイナはぺたりと俺にくっつく。
「どうした?」
「引っ付いてたらまたムラムラしてきたので付き合ってください」
「明日も学校だろ。寝なさい」
「むう……学校の予習もしてたせいで全然時間取れてないです。……明日も、来ていいですか?」
連日だと流石に真中にバレそう……いやでも予習させるなら会った方がいいしな。
というかこういうことにハマりすぎて勉強が疎かにならないだろうか。自警団としての活動もあるし……。
まぁ他の趣味がないから時間はなんとか……。
勉強についていけず、何も分からないまま何時間も席に座っているストレスの発散と考えると……。
だとしても、クイナが求めるまま応じると毎日することに……。
「どうしたんですか?」
「いや……思春期の性欲ってすごいなと」
「なっ!? ふ、ふつうですよ! 時間があるなら、好きな人とぎゅってしていたいじゃないですか!」
いや……その言い分は分からなくはないけども……。
「とにかく、ヤクさんのお願いを聞いて頑張って学校に行って予習までしてるんです! こちらのお願いも聞いてもらいますから!」
「それを言われると辛いな……」
「お金も全然かからないしお互い嬉しいんですから」
「まぁ……そうなんだけどな」
でも毎日か……。
真中にバレるリスクが高すぎるし……クイナがハマりすぎてアホにならないか心配だし、単純に体力的にも……。
……まぁ、そうだな。クイナもこの性格なのに勉強頑張ってるんだもんな。
「ご褒美を要求してるんです!」
「分かったよ。また明日な」
「ふふふ、分かったらいいのです。……じゃあ、寝ましょうか」
クイナはベッドに横になって、俺も横になるのを待つ。
二人で横に並んで体を寄せ合い布団をかける。
クイナは……俺の体に一番ダメージを与えてる存在かもしれない。中学生の溢れんばかりの性欲ってすごいなと思った。
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