第10話:厄神

「私、晩御飯を作るので二人はお勉強していてくださいね」

「ええ……。もう学校だと放課後の時間だよ」

「それまで一切勉強してないだろ……ほら」


 クイナを立たせようとすると、クイナは「ひゃうっ」と声を上げてその場に倒れる。


「し、シビシビします……あ、足が……ひゃうう……」


 ああ、正座して痺れたのか……と、呆れる。

 涙目になって床でふにゃふにゃしているクイナを見ているうちに、ふと悪戯心が沸いて、指先でちょんとつつく。


「きゃんっ! な、何をするんですか!?」

「……いや、悪い」

「もう……まったく……。ひゃわっ!?」


 もう一度つつくとまた高い声を出して身悶えする。

 クイナは乱れそうになったスカートを押さえて俺を睨む。


「なんでもう一回したんですか」

「いや、その……可愛くて」

「そんな言葉で誤魔化されませんから。変なところで意地悪なんですから。……よし、少しマシに……」


 そう言いながら立ちあがろうとしたクイナはやはり足が痺れているのかすぐにもつれさせて倒れてしまいそうになり、俺は慌てて支えにいく。


 けれども間に合わず、少し転ける勢いは抑えられたものの二人とも絡んでクイナの上に覆い被さるような形になる。


「……ぁ……えっと」

 床にクイナの白い髪が広がって、幼さの残る顔が少しずつ色づいていく。

 色白な肌だからこそ照れの赤色が映えて、所在なさげに揺れる赤い瞳が可愛らしい。


 支えようとして触れた腰の柔らかさと温かさが、あの日のことを思い出してしまう。

 クイナの方もそうなのだろう。いつもの生意気なクソガキの雰囲気は鳴りをひそめて、照れと恥じらい、それから少しの期待の瞳が俺を見つめる。


「……その、後で……したいです?」


 ミズキに深く釘を刺された直後にそういうわけには……と思うも、この体勢はクイナの薄い身体付きを想起してしまって仕方ない。


 喉が鳴ってしまったことは、クイナにも気づかれているだろう。


 返事はしないけれどクイナはそれを了承ととったのだろう。いつものわんぱくさはなく、大人しい様子で勉強道具を取ってきて机の上でそれをしていく。


 真面目にやっているが、あまり身が入っているようには見えないのは、多分クイナだけではなく俺も同様だろう。


 出来る限り自分でやらせながら最低限のヒントだけ与えて勉強をしているうちに、キッチンの方からスパイスの匂いが漂ってくる。


 美味そうな匂い……ではあるが、家のカレーって感じじゃないよなぁ。

 クイナはキッチンの方を見て時計を見て、それから教科書を見ていく。


「……あー、クイナ、あまり真中ミズキのことを邪険にするなよ? 心配してくれてるんだから」

「ん……。ミズキさんは、私にとっては家族のような人です。愛知さんもそうですし、自警団の人達はみんなそうです」


 ああ、そう思っているなら……と少し安心しているとクイナは続ける。


「でも、ミズキさんにとって私は家族ではなく自警団の仲間です。愛知さんも、他の人も。……普通ならありえないほど良くしてもらっていると、理解はしています。でも……だから、嫌なことも思います。家族に……なってはくれないのに、なんて」


 クイナは拗ねたようにそっぽを向く。

 それからペンを置いて俺の手を握る。


「ヤクさんの、ご家族は」

「あー、死んだよ。いや、母方は生きてるかもしれないけど、連絡は取れないな」

「……理由をお聞きしても」


 あまり過剰に同情したり気まずい雰囲気がないのは彼女の性格だろうか、それとも研究所で造られたという不幸な生い立ちがあるからだろうか。


「父方が五大名家に含まれない野良の異能の名家でな。嫁にせよ婿にせよ他所から強い異能の伴侶をもらってきて、で、他所様はしばらくしたら外に出されるんだ」

「因習村ですか」

「今風な言い方だな……まぁ、そんな感じだな。そうやって異能の力を強く保とうとしているんだけど、問題がある」

「問題、ですか?」

「強い異能力者は短命なことが多いんだ。事実だとは思わないけど、異能力者は「宇宙人の子孫だから地球の環境が合わない」なんて噂もあるぐらいで。まぁ強ければ強いほど短命だな」

「……ヤクさんもですか?」

「いや、俺は再生力を高めてるからそういう不都合は無視出来る。……けどまぁそんな感じで、普通な感じで弱って死んだよ。親父。で、家全体も若いのにバタバタ死んでいく身内を見て、古いしきたりを守っているのが馬鹿らしくなって解散って感じで」


 欠伸を噛み殺してからクイナを見る。


「まぁ、そのレベルの異能力者なんてほぼいないから気にするほどのものでもない。五大名家もそうじゃないし、ウチが特異すぎた。まぁ、五大名家の場合は戦いで若死にするから気が付かないだけかも」

「……私は普通なんですよね」

「ああ、普通に五大名家クラスの魔力だな。弊害が出るほどじゃない」

「家族って、どんな感じですか?」


 クイナの言葉で思い出す、俺の家族と呼べる人たちが俺を「完成品」として見る目。

 喜びと達成感と、そして自分がそれでなかったことへのわずかな嫉妬。


「……俺の家族は、優しいやつだよ。けど優しいと思われるのが照れるからか、すぐに惚けたり憎まれ口を叩いたりする。……可愛いやつだよ」


 俺の言葉を「へー」と聞いていたクイナは途中で気がついたのか、少し顔を赤くして目を下に向ける。


「……く、口説いたりする必要はないですよ。もう落ちてるので」

「知ってる。……スパイスの匂いすごいな」

「ムードが、ムードがなくなります。……ん、手伝ってきます」

「あー、俺は……いや、そもそも真中ミズキは用意してないか。外でなんか食ってくる」


 クイナは俺が行こうとしたところで手を握る。


「……用意してますよ、ミズキさんはそんなに意地悪じゃないです」

「あー、そうか? いや、意地悪とかじゃなくても普通に歓迎してないなら……」


 クイナは呆れたようにじとーっとした目を俺に向ける。

 「分かってないなぁ」という目だ。


「いや、でもなぁ」


 俺が迷っているとキッチンの方から三人分の料理を持ったミズキがやってくる。

 その光景に驚いているとミズキは俺に言う。


「なんですか? 運ぶの手伝ってください」

「……いや、あー……お前ら似てるな」


 俺の言葉を聞いた二人は一瞬呆気に取られて、それから二人揃って俺に言う。


「似てません!」

「いや……言うことまで揃ってる……」

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