第4話:法的な話はせずに
「──我々は、平和の受益者ではない」
男はそう口にして、繰り返すように言う。
「平和は素晴らしいと誰もが語るが、けれども、格差というものは存在していて、奪うものも奪われるものもいる。経済が乱れれば奪うものも破滅するだろう、戦争が起きれば成り上がるものもいるだろう」
それは説得の言葉であり、同時に侮蔑の言葉でもあった。
「水流のない沼のように、奥底で腐り溜まりヘドロと化す。それがこの世界で、それがお前だ。厄神ヨウ」
「……そうか」
「お前はヘドロの王だ。腐った無限の底なし沼。……お前が如何に強くとも、如何に大きくとも、それは俺達の歩みを止める理由にはならない」
男は俺に勝てないと理解していながら、その言葉を口にする。
「失せろヘドロ、お前はひとり、そこで腐っていろ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
目が覚めて数秒、ここが自宅のベッドであることを思い出した。
……「あの男」の夢だった。
戦いというよりも戦争や革命、混沌を好むもの。目的らしい目的は存在していない、混沌の中に生きることこそを全てと定めた男だ。
何も求めていない無欲でありながら、世界の変革を求める強欲という矛盾したふたつ。
そんなことを考えていた俺の腹に、ゴツリと硬いものが落ちてきてゴフっと息を吐く。
「うおっ!?」
「おはよ。ヤクさん」
ああ、クイナか……と、自分の腹の上に乗っている白い髪を見て安心する。
それから腹に乗った少女を退かすより先、枕元に置いていたスマホを手に取って時間を見る。
時間は……九時か。
「……クイナ、学校は?」
「んー、休みですよ? 今日は。ヤクさんニートの性で曜日感覚おかしくなってますよ」
「ああ……いや、月曜だろ」
「何言ってるんですか、月曜日なんてダルい日に登校するやつなんていませんよー。やれやれだぜ……」
「はっ倒すぞ。ほら、いけ、制服まで着てウチに来てんじゃねえ」
腹の上にあるほっぺをつまんで揺らすとクイナは「うなー」と俺の手を引き剥がす。
「うー、月曜ですよ? 誰も来てませんって」
「月曜の気怠さに信頼を置きすぎだろ……ほら、送ってってやるから」
クイナを退かして手早く身支度を整える。
「まったく……。やれやれだよ」
「大遅刻しながらそのふてぶてしい態度はなんなんだ……」
クイナは鞄を持って歩きながら、んーと伸びをして少し遠くに見える学校を指差す。
「ほら、電気点いてないでしょう」
「ん? あれ、本当だ。創立記念日とか?」
「月曜日だからですよ」
「だとしたらみんな不真面目すぎるだろ……」
俺が呆れながらそう言うと、クイナは呆れたように俺に返す。
「そりゃそうですよ。まだこの街に残ってるような人はみんな不真面目ですよ。真面目な人はみんな出て行ったんで。まぁ火曜日とか木曜日辺りなら生徒の集まりもいいですけど」
「ああ……今ってそうなってるのか。……悪いな。知らずに叱って」
「んーまぁミズキさんも同じ感じなんでいいですよ。あっ、せっかくなので学校寄っていきましょうよ」
いや……と俺が答える前に、クイナが俺の手を引っ張る。
「お、おい」
「大丈夫ですって、見つかったらちょっと不審者として扱われるだけですから」
「何も大丈夫じゃないだろ」
「私は知らない人のフリするので大丈夫ですよ」
「何も大丈夫じゃないだろ」
そう話しながら強引に彼女の通う中学校に引っ張られる。
校内にはやはり灯りがついているように見えないが、校庭にはスポーツに励む様子の少年が見えた。
体育の授業……という風には見えないな、部活の自主練だろうか。
「……本当に人いないな」
「んー、まぁこれぐらいの方がやりやすいですよ」
街からも人がいなくなっているけれど、こういう本来なら人がたくさんいて騒がしい施設に人がいないことを見ると、本当に多くの人がここから離れていっているのを感じる。
まぁ、異能力のめちゃくちゃな戦いに巻き込まれたくはないのだろう。
「……私には普通になってほしいそうです。ミズキさんは」
小さな足取りで門を潜った彼女は、廃校にも似ているその校舎に歩みを進める。
「普通は今こんななのに……分かっちゃないですよ」
「……まぁ、普通がよく分からない時代かもなぁ」
「そうでなくとも、親族がいないこの身で……『普通』なんて目指そうとしても、『普通に惨め』にしかなれませんよ」
クイナはコツリコツリと道端の石を蹴る。
「勉強も当然訳分からないです。社会常識も身につかないです。……普通の人は、普通に頑張っているんですよ。今まで普通をやってこなかった私がそんな簡単に追いつけるものじゃないんです。『普通』なんて」
反抗期らしい言葉、と、切り捨てるのは簡単だけどそれなりに考えてのものなのは分かる。
……白い髪と赤い目。
整った容姿も悪く働いていて異物感が大きい。どこにいようと人目を引く容貌なのは間違いない。
器用で賢いわけでもない。普通に生きようとすれば辛いのは間違いないだろう。
一理あるとは思うが、けれども彼女が怒っているのはきっと別の理由があるのだろう。
「……あー、もしかして、ミズキに俺と別れろって言われた?」
「言われてません」
ピシャリ、と、肯定するのよりも雄弁に真実を語る嘘が口にされた。
彼女も自分のそれが分かりやすい過剰反応であるかを理解したのか、むっとした表情で嘘を続ける。
「む、むしろ応援してくれているぐらいですね。もはや応援されすぎて今からでも結婚しろと言われてる的な?」
「年齢的に結婚出来ないだろ」
「足立区なら出来るんじゃないですか?」
「足立区は治外法治じゃないからな。法律は適用されてるからな」
「えっ!? 法律が適用されないが故に、どんな身分差や差別や親の反対などがあっても結ばれることが出来るロマンチックスポットじゃないんですか!?」
「足立区はそんな女子の憧れスポットではない」
クイナは「そ、そんな……」とショックを受けた様子だ。
「愛知さんに騙されたんですか、私は」
「あの主人公みたいな男、そんな意味不明な嘘つくんだ……」
「足立区で結婚式を挙げたカップルは一生幸せになれるって……!」
「それを信じる方もどうかと思う」
……というか、俺との結婚を考えているのか。いや、まぁ……そうだな、これぐらいの子だったらそれぐらい舞い上がるものなのかもしれない。
「……それで、どこ向かってるんだ?」
「んー、別に、です。どうせ学校なんて通ったことないでしょうから案内してあげようと」
「途中までは通ってたよ」
「やっぱりちゃんと通ってなかったんですね。えっと、ここが玄関です上履き……はないですよね、そこにスリッパがあるんで」
勝手に履くのも……と思ったが、まぁいいか。クイナが楽しそうだし。
彼女はパタパタと廊下を歩きながら言葉を続ける。
「知ってますか。人はひとつしか人生がないんです。だからみんな自分の人生を必死に生きて……自分が苦しんでいるのと同じぐらいにみんな苦しみながら、頑張って生きて。……それが普通ってやつなので、私には少し荷が重いです」
その言葉に言葉を返すには、俺は傍観者ぶっている時間が長すぎたように思う。
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