第1話:社会的窮地

 俺はかつてないほど追い詰められていた。

 裸足で逃げ出したいと本気で思ってしまっていた。


 というのも……クイナの仲間である主人公パーティの五人のアジトに招き入れられてしまったからだ。


 当然……戦力として見れば俺の方が格上であり、彼らとラスボス的なやつが1セットとしてそれが12セットで自宅に郵送されてきたとしても余裕で勝てるが……けれども、それはあくまでも戦力としての話だ。


 発言力においてはそうではない……そうではないのだ。


「あっ、私は中学校に行ってきますね。昼からになっちゃいましたけど」


 と、去っていったクイナを見届けて……俺は全身から冷や汗を流す。


「…………」

「…………」


 誰も何も言わない。

 一応は新しい仲間の加入、諸々の問題が大体解決するという状況だというのに……誰も何も言わない。


 クイナが事前に用意していたらしい『厄神さん歓迎会』の飾りが静かに揺れている音ばかりが狭い室内に響いていた。


「……あ、ちょっといいか?」

「貴方は少し黙っていてください」

「お、俺の歓迎会なのにか……?」


 ピシャッと俺の言葉を遮ったのは、真中ミズキ、いつも隣で黙っている熱血漢を嗜めているがなんだかんだいい仲になっているクールなヒロイン的なやつである。


 彼女はゆっくりと口を開く。


「では、本組織へのご応募ありがとうございました」

「その段階!? その段階なのか!? お前達が仲間になれってやってきたのにか!?」

「厳正な選考の結果、死刑ということになりました」

「死刑!? 選考に落ちたからか!?」


 俺が慌てていると、主人公みたいだと俺が勝手に思っている青年が真山ミズキの肩に手を置く。


「落ち着け、ミズキ。いや、まぁ……ほら、同意の上だったみたいだし。そもそもコイツを誘おうとしたのも師走川の提案だったわけなんだから、傷つけたりはしてないはずで……」

「……どうなんですか、そこのところ」

「えっ、ああ、まぁ……その、恋愛の中でのことというか……」


 何度も「クソガキ」と呼んできた少女に対して恋愛だのということに非常に強い気恥ずかしさを覚えながらそう口にする。


「……馴れ初めは」

「そこまで言う必要あるのか……?」

「あります。犯罪だのなんだのは、世界の前には小事ではあるのでこの際目を瞑っても構いません。というか、あなたを捕まえられる存在はありません。ただ、仲間と言うからにはそれなりの……気持ちの問題はあります」


 気持ちの……まぁ、言いたいことは分かるけど。


「つまり、純愛だったら仲間入りで、そうでなかったら死刑です」

「死刑の可能性はまだ残されてたんだ。……いや、でも、そんなに大した話では……」


 俺とクイナの話なんて、本当につまらないものだ。

 別に仲間になる必要はないけれど、不名誉を晴らすために、俺は口を開いてその顛末を語ることとした。



 ◇◆◇◆◇◆◇



 世界最強を誇れていたのは、何年も昔のことだ。

 アリとゾウよりも開いた差は、比べるにも比べられないものであり、俺は戦いそのものに関心が持てなくなっていた。


 チートを使ってゲームをしても面白いのは数分だけなのと同じように、俺は戦いをやるには強すぎた。


 かと言って……他の何かをする気にもなれなかった。

 以前働いていたことで一生では使いきれない程度の金はあるし、そうでなくとも金を手に入れようと思えば一瞬だ。


 好きなこともないし、やるべきことは何もしないこと。


 コンビニ前のゴミ箱に、流行りスポーツのアニメのシールが付いたウエハースチョコが捨てられていた。


 俺の人生はそんな感じだ。

 おまけのはずのシールがメインでウエハースチョコがゴミになっているように、俺は最強の能力が本体のゴミみたいな人生だ。


 なんとなくぼーっと眺めていると、ひょこりと白い髪の少女が俺の見ていたものを覗く。


「お菓子ですか? 好きなんですか?」

「いや、別にそういうわけでもなく……。えっと、確か……師走川だったか? あの男の仲間の」


 数日前、敵の幹部に殺されそうになっていたところをたまたま・・・・俺が近くを歩いていたことで幹部が怯えて去っていったという、散歩中のアクシデントがあった。


 そのときにもいたなと考えていると、彼女はペコリと俺に頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「助けてない。前に言っただろ、俺は傍観者だって。たまたま散歩したときにお前達が戦っていただけだ」

「二度も、ですか?」

「二度でも三度でもだ。……それにしても、よく俺を見つけられたな。いや、たまたまか」


 一応は世界の命運を握る人の一人ということで師走川クイナという少女のことは知っていたが、あまり真面目な様子ではない。


 元々、悪党側で育てられていた存在であり、社会常識はあまり知らないやつである。……そもそもたまたま会ったとしても礼を言うような子ではないと思っていた。


 少女は少し考えてから首を横に振る。


「たまたまじゃないですよ。お礼を言うために探してました。……随分と遠くまで『お散歩』するんですね。おかげでクタクタです」

「それは……ああ、随分といい出会いに恵まれたんだな」


 あの組織に飼われていた時代とは比べ物にならないぐらい良識的だ。


 俺の言葉を聞いて不思議そうに彼女は首を傾げる。

 まぁ、俺は時々傍観していたけど、実際に話したのはこの子が主人公達の仲間になってからだから言葉の意味が分からないか。


「甘いものが好きならちょうどよかったです。お礼の菓子折り……あ、お腹が空いたから食べたんでした」

「コイツ……」

「いやー、すみません。誠にごめんなさいです。えっと……」


 彼女はズボンのポケットから財布を取り出して、手に幾つかの少額の硬貨を出して見つめる。


「ウエハースでいいですか?」

「食わせる気か? この捨てられてるやつを、命の恩人に」

「大切なのは気持ちだって思うんです。友達のチサちゃんも言ってました」

「友達のチサちゃんは多分命の恩人にゴミ箱のものを拾って食わせろとは言ってないと思う」

「あなたにチサちゃんの何が分かるんですか」

「分からないけど分からないことを知ってる分だけ俺の方がチサちゃんのこと分かってる」


 師走川は薄い胸の前で腕を組む。


「哲学……ですか?」

「この場合はそうじゃないよ、事実確認だよ」


 俺はため息を吐いてその場を後にしようとして、師走川に引き止められる。


「お礼ならいいって。たまたまだ、たまたま」

「いえ……そうではなく」


 少女はゆっくりと手に持っていた小銭を俺に見せる。


「帰るための電車賃がないから貸してくれません?」

「……」

「あ、そうだ。ついでに寄っていってくださいよ。最近習ったんでお菓子作れるんです」

「いや、いいって……俺も忙しいし」

「忙しい人はこんなところにこんな時間にぼーっとなんてしませんよ。ほら、お礼するのでついてきてください。貴方のお金で材料を買いましょう」

「なんて人を舐めたクソガキなんだ……」


 本当に近くのスーパーで製菓材料を買わされて、スーパーの袋を持たされたまま駅まで来る。


 俺が券売機で切符を買っていると、彼女はピッの音を立てて改札を通る。


「……ん、んん?」

「あれ、どうしたんですか?」


 俺は改札を通りながら、少女に尋ねる。


「どうやって改札通ったんだ?」

「えっ、普通に定期券で」

「……金がないから帰れないという話では」

「あっ……」


 少女は「しまった」という表情で俺を見て、そそくさと階段の方へと向かう。


「逃げるなよ。……はぁー、何がしたいんだよ」


 俺がため息を吐きながら尋ねると、師走川は駅のホームで立ち止まって、それから白い髪を揺らして振り返る。


「……ちっちゃい子供みたいに見えたんです」

「俺がか? いや、子供って……」


 俺が強い異能力者であることぐらい知っているだろう。

 けれども振り返った彼女は純粋な瞳で、揶揄うような様子もなく俺を見ていた。


「迷子みたいに見えたから、手を引いてしまったんです」


 初めて言われた言葉。

 意味が分からずにいると、いつのまにか電車が来ていたらしい。

 彼女は慌てて俺の手を引いて電車に入る。


 人と手を握ったのなんて……いつ以来だろうか。

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