第52話 優先順位、依代、思い付いたのは
シロイが一人であれば、あるいはここがダンジョンでなければ、ラーナの集団が来たとしてもアイテムを使って倒せた。倒せなくとも逃げられただろう。
しかし、ここには守りたい友達、仲良くなった冒険者の仲間がいる。依頼を受けて守ると約束した学生たちもだ。
「考えを変えよう。一番大事なのは人命」
「そうだな」
ヴィルフリートが相槌を打った。シロイはまた声に出した。
「皆がダンジョンを出るまで、その間だけ魔物を押さえておけばいい」
「そりゃ、それが理想だけど」
アルベルトが小声で答える。ヴィルフリートは渋面だ。彼もどうすればいいのかを考えている。
その時、ファビーがリュックから降りた。彼は静かにシロイを見ている。
「ファビー、どうしたの。なにか言いたいことがあるなら」
(ようやく繋がったと思ったら、問題が起こっているようだね)
「師匠……?」
シロイの言葉にヴィルフリートとアルベルトが驚く。シロイだって驚いた。
けれど、二人と同じようにシロイも騒がなかった。ファビーが神妙な様子で二本足で立ったからでもある。もちろん、騒ぐと魔物を呼び寄せるからでもあった。
(今さっき、ファビーに事情は聞いたよ。おチビちゃん、優先順位が分かったのなら次になにをすべきか、分かるはずだね?)
「皆を、急いで外に出す」
(そうだ。でも大勢いるね。まとめて運びたいのでは?)
「うん。あ、あっ、幻獣召喚だ!」
(そうだね。魔法陣は覚えているかい?)
「う、うん。頑張って勉強したの。でもまだ使ったことがなくて。だって、怖いし、誰が来るか分からないもん」
(安心おし。僕が、シロイに敵対するような幻獣や獣人族を残しておくと思うかい?)
「思わない!」
(なら、この場でアイテムに付与するんだ。僕も見てあげるよ。これは試験だね。いいかい、異世界転生したいのなら召喚魔法の魔法陣ぐらい簡単に描けなければならないよ)
「分かった」
(付与するのは魔鋼銀製がいいな。僕の残したものはちゃんと持ってきているかい?)
シロイは急いでベルトに付けたポーチから魔鋼銀のペンダントを取り出した。
ついでに普段アイテムカードへ付与する際に使っているインクも出しておく。
インクは魔鉱石を粉にし、精製水と珪砂を混ぜて水簸したものだ。これに粉末の金を少量混ぜ、黒芋糊と乾燥スライムを合わせる。魔法陣を付与する際にこのインクが自動で紙に焼き付く。
魔鋼銀へ刻むには弱いインクだ。だから、粉状の魔鋼金を入れた。本来であれば粉末金と入れ替えるべきところだが持ち合わせがない。強引な方法だけれど、師匠がやっていたのをシロイは見たことがあった。
「大丈夫、できる、できるよね」
(できるとも。ああ、それと、魔法陣を少し修正しよう)
「え、どうして? いきなりすぎるよ」
(これも試験だ。いいかい、シロイ。ただの幻獣を召喚したところで意味がない。そしてファビーいわく、今の時代にはドラゴンを呼び出すと問題が起こる)
「そ、そうだった!」
(だからといって、そんじょそこらの幻獣を呼んでいては『期待以上の仕事』はできないだろう)
師匠がなにを言いたいのか分かってきた気がした。シロイはどきどきしながら彼の次の言葉を待った。
(僕の契約していた幻獣のうち、何体かはまだ生きている。僕が転生する度に眠っていたんだ。彼等には異世界転生すると言ったのだけどね。僕がまた戻るかもしれないと眠りに就くことを選んだ。その際、シロイが目覚めたら呼んでもいいと言ってくれた子がいる)
「……その名前を刻んだらいいんだね?」
ファビーの顔で、師匠は微笑んだ。
(シロイが生きる以上の寿命は残っているよ。なにしろ僕と契約したことで魔力が増えた。同種族の幻獣より何十倍も寿命が延びたようだ。遠慮なく使えばいい)
「う、うん。会いたい」
(ふふ。そこで会いたいと言うのが、おチビちゃんだ。さ、時間がない。君はアイテム師になったのだろう? プロとして自信を持って描きなさい)
「はい!」
女子の甲高い声が遠くに聞こえる。彼等が到着する前に喚び出したい。
シロイは集中した。魔法陣は暗記している。ヴィルフリートの予習にも付き合って、今の時代の魔法陣でも覚えてしまった。けれど、描くのは古代の魔法陣を
師匠は試験だと言った。
それに相応しい魔法陣を作る。
金色の魔力が空中に描かれた。普段、売り物として作るアイテムカードの何十倍もの大きさだ。みっちりと古代の文字で埋め尽くされていた。改良した部分は魔力消費と契約の重さだ。消費は少なく、契約は双方に痛みを伴わないこと。
古代では幻獣側の罰則が大きかった。師匠の契約もそうだった。今の時代は違う。対価は魔力や食事だ。シロイもそれぐらいがいい。
魔法陣が出来上がると、インクを吸い上げてペンダントトップへと一気に向かう。縮小された魔法陣が刻みつけられた。あまりに小さく、拡大鏡を使っても見えないだろう。自動的に隠蔽も掛かる。そういう魔法陣だ。
シロイはファビーを見た。
(いいでしょう。そのまま召喚魔法を発動しなさい)
「うん」
召喚魔法によって喚ばれたのはクーシーとフェンリル、ペガサスだ。
魔法陣が広がりパッと光ったかと思うと、その場に現れた。
「ヴェルデ、リル、ペグ!」
懐かしさで名前を呼ぶと、三頭もシロイに気付いて頭をすりすりと体に擦りつける。
本来なら対価を提示して了承してもらう必要があるのに、幻獣側が必要ないと判断したため魔法陣が消えて契約が完了した。
(やれやれ、最後がつまらなかったなぁ。でも試験は合格にするしかないね。咄嗟に契約の重みを変えたのには驚いたよ。シロイ、短い期間でしっかり勉強したようだね)
「師匠……」
(お前たち、僕の代わりにシロイを守るんだよ)
(もちろんです)
(おチビちゃんとまた会えて嬉しい)
(守りますが、それより、あなたは面白い姿になっていますね)
三頭がファビーを取り囲む。
その姿が傍目に怖く見えたのだろう。ヴィルフリートが口を挟んだ。
「シロイ、ファビーは大丈夫、なのか?」
「うん。あっ、説明はあとでするね。だから、あの」
「分かってる。今は先に皆の安全確保だ。そのための、幻獣召喚だろう?」
黙って見ていてくれたヴィルフリートは、シロイの声だけでなんとなく事情を理解したようだった。
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