第51話 三階層を戻る、ルルの活躍について、新たな魔物




 すり鉢状の底から上り坂になる森を進むのは時間がかかった。女子だけでなく一年の男子も足が遅い。

 しかも、エイプはどこにでも潜んでいる。なるべくシロイとカチヤで片付けたけれど、伸びた列の中央にも襲いかかってくるのだ。ベテラン勢がいるし、落ち着いて魔法攻撃が打てるようになった学生も協力してなんとか倒していた。


「やはり増えている。事前調査の情報と違うな」

「魔物寄せだけじゃないよな。でも、グスタフたちがそこまでするか? 自分の命だって危なくなるんだぞ」


 ヴィルフリートとアルベルトが後方を確認しながら足早に進む。

 今はカチヤが斥候役で、シロイが戻ってきたところだ。交代でヴィルフリートたちを守っている。


「あいつにそんな度胸はないな」

「だろ。俺が気になるのは魔道具の出所だ」

「そうだな」

「アイテムに不良品が増えた問題もあっただろ。さっき十組の奴に聞いたが、学校支給のアイテムに不発が多いから、わざわざリーツ魔道具店で買ってきたらしい。それが暴発したんだ。あいつらの怪我はエイプじゃなくて暴発が原因だってよ。これ、大問題だろ」

「ああ」

「だというのに、娘のベルタ嬢は演習中でもヴィリにべたべたしているんだぜ。なに考えてんだろうな」

「噂を知らないわけはないだろうになぁ」

「淡々としているじゃないか。まとわりつかれて無になったか」

「体に触れられなければどうでもいい」

「前はべたべた触られていたもんな。そういや最近は見ない、か?」


 そこでヴィルフリートがふと笑顔になった。微笑む程度だがシロイには分かる。


「ルルのおかげなんだ。つまり、ルルを見付けてくれたシロイのおかげでもあるな」


 シロイを見て今度こそはっきりと微笑む。アルベルトがにやりと笑った。


「ほほう。シロイのおかげか。いやそこはいい。シロイのすごさは俺も知っている。それより、ルルがどうして役に立つんだ。グリルルスにそんな魔法があったか?」

「ルルは気配察知が得意なんだ。ベルタ嬢が近付くと鳴いて教えてくれる。しかも、風の魔法も使えるんだ。攻撃には難しくとも、風のベールを作るぐらいならわけない」

「すごいじゃないか」

「実は防御にもなる。なぁ、ルル。お前はいつも俺を守ってくれるな」

「チュチュッ」


 胸元にいたルルが顔を出し、ヴィルフリートの差し出した人差し指に顔を擦りつける。

 甘えた様子がとても可愛い。シロイはリュックから顔を出すファビーを見ようとして、止めた。彼は大人っぽい性格なので、ルルのようには甘えてくれないだろうと思ったからだ。


「ルルは俺たちの休憩中にも周辺の探索をしてくれたんだ。召喚魔法の授業で小型すぎると馬鹿にされたが、他の誰より立派に働いていた」

「チュッ!」

「お、喜んでいるのか。こんな姿を見ると俺も早く召喚魔法を覚えたくなるよ」

「だったら補講を終わらせろ。召喚魔法科の単位は取るのが難しいぞ」

「うぐ、そうだな」


 気軽な会話中も二人は辺りを警戒している。シロイやカチヤの探索に頼り切るのではない。その辺りがしっかりしている。

 シロイは途中で何度か「あっちにコボルトがいるよ」と彼等の探索の答え合わせをしてあげた。

 この森にはエイプ以外にも魔物がいる。一番の大物はラーナだ。古代では大猿族と呼ばれていた。四階層に繋がる階段の近くを巣にしていると事前情報にあった。だから警戒はしつつも安心していた。

 すでに先行組が四階層へ行っており、倒せているとも思っていたのだ。

 ところが、そのラーナの気配が前方・・から感じる。

 カチヤが急いで戻ってきた。


「ヤバいよ、ラーナが回り込んでる!」


 カチヤがラーナ一匹で慌てるはずがない。彼女の顔には焦りがあった。

 ヴィルフリートとアルベルトが顔を見合わせる。


「魔物の数が異常なんだ。それに気配がいきなり増えた。ダンジョンの中が溢れる兆候だよ!」

「氾濫? まずいぞ、ヴィリ。ちんたら皆を歩かせてる場合じゃない」

「カチヤ、ラーナはこちらに気付いているのか?」

「だろうね」

「分かった。シロイ、信号弾だ。緊急用でいい」

「うん」


 急いでアイテムカードを取り出し発動させた。緊急の時は皆に「走って」集まるよう言い含めた合図である。


「あたしは足止めしてくる。あんたらは迂回しながら階段に向かってくれるかい?」

「カチヤ、君は大丈夫なのか」

「これでも足は速いんだ。せいぜい奴等を走らせて疲れさせておくよ」

「わたしも行くよ」

「いや、シロイちゃんは二人を守るんだ。あんたなら打開策を思い付くかもしれないしね」


 そう言うと、カチヤは一人で森の中に戻った。


「打開策って……」

「シロイ、無理を言って悪いが、俺も少し期待している。なにか良いアイテムはないか?」

「俺もだ。いざって時の大物、あるんじゃないのか」

「あ、えっと、その」

「おっ、久々に困った風な喋り方だな。最近ようやっと慣れてくれたと思ったのに」

「え、えぇ?」

「アルベルト、こんな時に冗談を言うな。シロイをからかうのもなしだ。シロイも気にするな」

「う、うん」


 でも、アルベルトの軽口のおかげか、シロイは冷静になれた。


「えっと、やり過ごすだけならお店にも使ってる防犯用結界で皆を守れる。あ、でもダンジョンの氾濫だからだめだよね。改変もあるんだっけ」

「そうだ。飲み込まれてしまう。外に異物を吐き出すダンジョンもあるそうだが、それは賭けだ」

「ラーナは大きいし跳躍力があるから陥穽のアイテムもだめ。だったら、粘着網はどうかな。大型タイプの強を使ってみる」

(シロイ、それでは足止めにしかなりませんよ。ラーナは腕に強化を掛けられます。引きちぎられてしまうでしょう。捕まっている間に攻撃しても粘着網自体を壊されたらお終いです)

「あ、そうか。そうだね」


 それに、ダンジョン内で攻撃力の高い魔法は厳禁だ。ダンジョンが壊れるというよりも、中にいる人間に被害が及ぶ。しかも、四階層から戻ってくる先行組もいるのだ。三階層を壊してしまったら彼等が戻れなくなる。


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