第44話 安全地帯、偉そうな学生、騒ぎで集まる魔物の対処




 二階層から三階層に向かう階段の手前に安全地帯と呼ばれる場所があった。この中にいる限り、魔物には襲われない。休憩場所にもってこいだ。ただし、今回は大勢の学生が入っている。交代での使用となった。

 冒険者は邪魔になるから安全地帯の外で休む。


「泊まるのは三階層と四階層だよね。安全地帯に全員入れるのかな」

「さっき冒険者側のリーダーが学校側に確認を取ったら、女子のみ安全地帯だってよ。男子は外側を守るようにテントを張るんだと」

「危険だね」

「そこで俺たちの出番ってわけだ。一応、交代での見張りになるが、まあ徹夜だろうな」

「じゃあ、目覚ましのお茶を用意しておかないとだね」

「待て待て。シロイちゃんは寝てていい」

「わたしも依頼を受けたんだよ。ちゃんと見張りをやる」

「……なんて良い子なんだ」


 フランクが涙ぐむ。シロイが驚いて一歩後退ると、カチヤがやってきて「うざ」と一言告げた。

 フリッツはおろおろと兄や妹を見て、それから視線を逸らして盾を置く。


「妹ってな、いつからこんな可愛げがなくなるんだ? シロイちゃんはそのままでいてくれよ」

「あたしは昔からこうだよ」

「そうだよ、兄貴。妹って存在に夢を見たらだめだ」

「なんだって?」

「わぁ、ごめん! 俺、あっち手伝ってくる!」


 フリッツは逃げた。

 カチヤは気にせず、シロイの横に立った。


「休憩の度に毎回あんなテーブルと椅子を出して『お茶を淹れる』だなんて、演習をなんだと思っているのかねぇ」

「時間がもったいないよね。ダンジョンの探索、したくないのかな?」

「そうだよ。あたしなら嬉しくて、どんどん進んじゃうけど」

「友達もそわそわしてるみたい」

「ああ、シロイちゃんの友達がいたんだっけね。どの子だい?」

「あそこ。十六組と十七組のリーダーをやってるの」

「へぇ、そうかい。どちらも男前じゃないか」

「優しいんだよ。わたしの作ったアイテムを最初に買ってくれたのがヴィルフリートなの」

「へぇぇ、なるほどねぇ」


 会話はしていても警戒は怠らない。冒険者なら動かずとも周辺の気配を探るのはお手の物だ。事実、シロイもカチヤも顔は合わせず、どちらかと言えば背中合わせに近い格好でいる。

 ところが、通りがかった学生の一人が注意してきた。


「なにをべらべらと話しているんだ。怠けるな! お前たちは雇われの身だということを忘れるな。だから僕は冒険者を雇うことに反対したんだ」


 カチヤは言い返さず、にこっと笑って「そうかい」と答えた。

 シロイは普通の返事だと思ったが、相手はそう思わなかったようだ。


「なんだ、その態度は! たかが冒険者風情が何様のつもりだ!」


 激昂してしまった男子学生に、シロイは戸惑った。カチヤのなにが悪かったのかも分からない。

 それより騒がれる方が危険だ。そちらの方が悪い。安全地帯の中ならともかく外で騒げば魔物がやってくるからだ。

 何故そんなに苛立っているのだろうか。

 シロイは首を傾げ、そういえばここが安全地帯の外だったと思い出した。


「もしかして、魔物が怖くて中に入りたいのかな。それで怒ってるのかも」


 呟いたつもりの言葉はこういう時に限って相手に伝わる。男子学生はわなわなと震え、顔を真っ赤にした。


「貴様、僕を侮辱するのか!」

「え? わたし、そんなことしてないよ。あ、してません。あのね、もう少しで交代できると思います。もうちょっと待ってください。皆さん、お茶してるの」

「な、なん、はぁ?」

「あの、騒ぐと魔物が来ます。そろそろ近いかな。休憩待ちの組だけだと倒せないと思う。わたしが行ってきてもいい?」


 後半はカチヤに向けてだ。確認すると、彼女だけでなくフランクも「頼む」と許可を出した。

 シロイはすぐに魔物を片付けに向かった。

 学生が休憩中や、手に負えないような場合は冒険者が倒してもいい。

 ユリウスたちリーダー格の学生も気付いたらしいが、安全地帯の外で交代を待っている組が慌てて中に入ろうとしたため出てこられなくなった。ぎゅうぎゅう詰めになっている。


 シロイはその間にひとっ走りし、ゴブリンの群れを倒した。

 ダンジョン内で強力なアイテムは使えないからナイフを使った。その代わり身体強化はしている。時間を掛けていられない。一刺し一匹で倒した。

 魔石を拾うのはファビーに任せる。彼は(少しは仕事しないといけませんから、ちょうどいいです)と走り回った。短い手足の体だが意外と速い。あっという間に集め終わった。


 安全地帯の近くに戻ると、冒険者のまとめ役ブルーノが手招きする。


「よくやった。素早い対応だ」

「わ、はい!」


 ブルーノはシロイを褒め、足下に駆け寄ったファビーにも目を向ける。


「幻獣も頑張ったな。お疲れ様。ていうか、理想的な相棒同士じゃないか。互いの能力を分かっているからこその連携だった。上級冒険者に匹敵する能力じゃないか」

「え、え、そう?」

(ふふふ)

「お、幻獣も喜んでいるな。尻尾が揺れているぞ。おや、それはお嬢ちゃんもか」

「ブルーノさんよぉ、お嬢ちゃん呼びは今時だめだろ。ちゃんと名前があるんだ。呼んでやってくれよ。な、シロイちゃん」


 フランクが人見知りのシロイを気遣ってだろう、口を挟んだ。彼だけではない。フリッツやカチヤも集まった。この三人きょうだいのパーティーが特にシロイを可愛がってくれている。おかげで大勢での仕事なのに動揺せず働けていた。

 ブルーノは彼等を見て、苦笑した。


「悪い悪い。シロイだな。今回のチームでは一番若いから心配していたが、全く問題ないと分かって安心したよ。引き続き頑張ってくれ」


 褒められすぎて恥ずかしくなったシロイは小声で「はい」と答えた。


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