第39話 幻獣使いが来る、売れないで、打ち上げは




 シロイは演習で使う灯りやテント、折りたたみ椅子に外で使う軽量のカップや皿を買って出店に戻った。

 この時間に店番をしていたのはヴィルフリートだ。テーブルを挟んで向かいに誰かが立っている。


「あ、ごめんね、お客さんが――」

「ああ、戻ってきたようだね」


 振り返ったのは幻獣使いのリーダー、カールだった。

 ヴィルフリートはどこか困惑した様子で、シロイを手招きする。

 急いでテーブルの裏へ回り、荷物を下ろした。ファビーもその時にリュックから降りる。そのまま荷車の方へ行き、ルルと合流した。お客さんが来ていたのでルルは休憩していたようだ。


「魔法騎士団のカールさんだ。シロイを知っているそうだが、さっき話してくれた西の森の?」

「たぶん。顔はあんまり記憶にないけど、幻獣は覚えてるから」


 カールにはツァカリのデリアが一緒だった。ぱっと見た感じは犬に見えるし、首輪もしていて飼い犬だと言われたら誰もが信じるだろう。

 デリアは荷車の上をじっと見ていた。ヴィルフリートが変だったのは、もしかしたらルルを心配してのことかもしれない。ルルの場合、逆召喚しても元の住処が東の森であった以上「元の姿」に戻れない。もしデリアが襲ったらと心配になったのだろう。

 シロイはそういう問題もあったと今頃気付いた。演習までに体を守るためのアイテムを作ってあげようと思う。


「いやぁ、俺じゃなくてデリアで覚えていたのか」

「あ、あの、ごめんなさい」

「いいよいいよ。それより、突然来てすまない。手紙の返事を見て、いてもたってもいられなくてさ」

「お店じゃなくて、こっちに?」

「商業ギルドで聞いたんだ。問題点も教えてもらった。申し訳なかったね」

「あ、はい」


 ヴィルフリートが気になっている様子だったため、シロイは簡単に説明した。すでに西の森の事件について聞いていた彼はすぐに事情を悟った。


「なるほど、それでカールさんが出店まで来られたんですね」

「僕を知っているみたいだね。どこかで会ったかな」

「失礼しました。僕はヴィルフリート=カロッサと申します。カロッサ侯爵家の次男です」

「ああー、君か。こちらこそ申し訳ない。カール=トラウト、魔法騎士団第三隊隊長だ」

「幻獣使いとして有名なカールさんに会えて嬉しいです」

「え、本当に?」

「はい」


 確かにヴィルフリートは嬉しそうだった。相手には伝わっていないが、シロイには分かる。

 さっきまでの固い表情はどうやら嬉しさを隠そうとして変になっていたらしい。

 微笑ましい気持ちになって、シロイは二人のやり取りを眺めた。


 会話が落ち着くかなという頃合いでアルベルトが戻ってきて、また挨拶が始まった。しかもアルベルトの方は誰の目にも分かるぐらい興奮している。

 魔法騎士を目指すアルベルトにとって先輩と話す機会はどれだけあってもいいようだ。

 しばらくは男性三人での会話が続いた。

 その間、シロイはぽつぽつ来始めたお客さんの対応をする。


 やがて、本来の目的を思い出した三人が我に返った。しかしその頃にはもう第二の波がやってきていて会話どころではない。

 せっせとアイテムの説明をしては売り捌く。


「ああ、そんな。また売れた。俺も欲しいんだ。止めてくれ」


 横でそんな呟きも聞こえたけれど、シロイは大市で売らねばならないのだ。

 必ず買ってくれそうなカールは後回しにする。

 確かに、アルベルトが言ったとおり、シロイは逞しくなったようだ。



 暗くなってきてようやく大市が終了した。

 カールは最後まで残り、片付けまで手伝った。しかも一緒に店まで行くという。


「打ち上げはしないのかい?」

「えっと、お店に戻ったらみんなで食事をします」

「いつもお礼にと、夕食をいただいてるんですよ」

「シロイの作った料理、美味しいんだよな~」

「え、いいな。俺も参加したらだめかい?」

「あの、お店も家も狭くて、いつも三人でぎゅうぎゅうだから……」

「だったら俺が奢るから、どこか食べにいこうよ」


 人見知りが出て断るつもりだったのに、カールは食べに行こうと誘ってきた。

 いつものシロイなら断っていたかもしれない。ただ、その時ふと思った。


「わたし、誰かと一緒に外食したことないかも」


 三人が黙り込んだことにも気付かず、シロイはファビーを見た。


「ファビーと一度だけ公園の近くにあるレストランに行ったね。それ以外は家か、お弁当だった」

(そうですねぇ。王都に来てすぐの宿暮らしでも、食堂に行かず保管庫の中から作り置きを出して食べていましたから。あの頃のシロイは『人が多くて怖い』と怯えていましたっけ。せめて買い食いしようと勧めても、寄り道もせずに帰っていましたね)


 大市にもお弁当を持参していた。

 特にそれが苦にならなかった。

 師匠と暮らしていた頃も外食の経験はない。なにしろ師匠は研究のため、山奥に住処を構えていた。買い出しは転移魔法で、基本的には素材そのままで食べてしまうような人だった。

 シロイと暮らすようになったから多少「料理」はしたものの、最終的にはそれすらもなくなった。シロイが恩返しのつもりで料理を覚え始めたからだ。食にこだわりのない師匠はシロイがどんな失敗作を出そうとそのまま食べた。

 ようするに、師匠もシロイも「どうしても誰かの作った料理を食べたい」という欲求がなかった。


「えー、それはもったいない」

「もったいない?」

「だって、王都には美味しい店がたくさんあるのに。ご両親が厳しい人なのかな。あれ、でもさっき、シロイさんが作ってると言ってたっけ。うん?」


 商業ギルドの情報管理はしっかりしているようだ。アイテム師であるシロイのことだけを話したらしい。






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明日から一日一回の投稿になります




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