第27話 幻獣グリルルス
グリルルスは古代では冬眠鼠と呼んだ。森に住む小さな鼠で、シロイの手の平に載るサイズしかない。ヴィルフリートの手だとすっぽり隠れてしまうだろう。
すばしっこくて隠れるのが上手だ。グリルルスは普通の鼠と違って魔法が使える。得意なのは存在感を消す魔法で、隠密魔法とも呼ばれていた。
今もシロイから隠れようと必死だ。木の根の下にできた空洞に潜り込んでいる。
「わたし、これでも猫の獣人族だから鼠を見付けるのは得意なの。っと、よし、捕まえた」
「チュッ、チュチュッ」
優しく掴んで確認する。魔力を感じるから幻獣なのは間違いない。ただの鼠だったら手を囓ってでも逃げようと暴れるだろう。でも、グリルルスは静かになった。シロイはできるだけ優しく声を掛けた。
「ごめん、驚いたよね。大丈夫、あなたをいじめるつもりはないの」
「チュッ」
けれど、グリルルスは猫に捕まったと思ったようだ。シロイを見上げて固まっている。
仕方ない。シロイは背を撫でながら、逃げられないようにとポーチから袋を取り出した。アイテムカードの保護シートとしても使っているスライム製の袋だ。配合を変えると柔らかい袋にもなる。一度、熱処理してしてしまえば形が固定する便利な素材だ。シロイはいろいろな用途に使っている。
「ここに入ってて。落ち着いたら出してあげる。あ、おやつをあげるね」
「チュチュッ」
ポーチからナッツを取り出した。幾つか選んで袋の中に入れると、グリルルスはおっかなびっくりしながらも手に取って食べ始めた。
「可愛い」
(小さきものは可愛いですねぇ)
「あ、ファビー」
(良い子を捕まえたようですね。あ、シロイ、ポーチが見えていますよ。上着で隠さなくてもいいのですか)
「そうだった」
ベルトに取り付けているポーチは横長で、グリルルスよりは大きい。これを隠すために上着を外に出している。お店ではエプロンか、だぼっとした作業着だったのでポーチは目立たなかった。この日は森に入るので動きやすい服装だ。ぴったりした作業パンツとシャツに、分厚めの上着をジャケット代わりに着ている。
シロイは慌てて上着を整えた。
追いついたヴィルフリートには見られなかったようだ。それに彼の視線は袋の中でごそごそ動くグリルルスに釘付けだった。
シロイが差し出すと、ヴィルフリートは戸惑った様子で袋を受け取った。
もしかしたら気に入らないかもしれない。シロイはおそるおそる聞いてみた。
「えっと、他の子にする? この森だと一角兎、じゃなかった、アルミラージがいるかもしれない。あとはノームかなぁ」
(ですが、どちらも扱いは難しいでしょうね)
「ファビー、この森にドライアスはいないよね?」
「チチチ」
(小さな森ですから、いないでしょう)
「ヴィルフリートはどうしたい? 別の個体か、アルミラージを探してみる?」
「……いや、この子にする。というか、契約してもらえるだろうか」
「おとなしくなったし、対価について交渉したら大丈夫だと思う」
「交渉と簡単に言うが、召喚していないから言葉は通じ合いぞ」
「ああ、召喚って転移魔法だけじゃなくて言語魔法も重なっていたんだっけ」
「うん?」
シロイは「なんでもない!」と答え、リュックを下ろして中からアイテムカードの入ったケースを取りだした。
「言葉なら通じるよ。調教の魔法陣を使えばいいの。幻獣が相手だから『強』がいいかな。はい、これ」
「いいのか?」
「うん。お試し用だから使って」
「分かった。これを相手に向ければいいんだな」
そう言うと、ヴィルフリートはアイテムカードに魔力を流した。練習の甲斐があって流れる魔力は微量だ。
それに魔法もちゃんとグリルルスに掛かった。かりかりとナッツを食べていたグリルルスは一瞬固まったあと、じっとヴィルフリートを見上げた。
「俺と契約してくれないか。普段は森で暮らしても構わない。その代わり、喚び出した時に仕事を手伝ってほしいんだ。対価は払う。欲しいものはないか? 希望があれば沿いたい。なんでも言ってくれ」
「チュチュチュ、チュッ」
「……うん?」
「チュチュ、チュチュチュ」
「あー、ええと、困ったな。シロイ、どうすればいい」
シロイは幻獣の血を引くからか、あるいは古代の獣人族だからか、彼等の言葉が分かる。
ファビーが使う念話とはまた違って、感情に近いかもしれない。
そのため、グリルルスの「お願い」も理解できた。
そしてヴィルフリートが理解できない理由もなんとなく分かった。
「えっと、なんと言ったのか教えてくれる?」
「おそらくだが、この子は『寒くなると眠くなって困る』と言った。それから『木の実が好き』だとも」
間違いない。シロイにもそう聞こえた。正確には、グリルルスは「寒いのが嫌、眠ってる間が怖い、木の実がいっぱい食べられたら幸せ」だと伝えている。
グリルルスは寒さには弱いけれど、暖かくしてあげれば問題ない。食事さえ与えていれば素直に従う性格だ。戦いたがりのグリフォンとは違う。
他にも圧倒的な力で捻じ伏せないと、反抗的な態度を取る幻獣はいる。
シロイは契約した経験はないが、師匠は多くの幻獣を使役していた。彼等の会話を聞いていると自分には無理だと何度も思った。各自の性格に合わせて指示を出さねばならないし、無茶な対価を要求する子もいた。もっとも、師匠はいつだって膨大な魔力でどちらが上かを分からせていたけれど。
それに比べたらグリルルスは本当に可愛い。
なんといっても対価が「寒いのが嫌」と「食べ物たくさん」である。
シロイの知る幻獣の要求は「強者との本気を出した戦い」や「全力で魔法を放ちたい」だ。全然可愛くない。
だから、シロイは笑顔で返した。
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