第16話 ケットシー、幻獣について、力になりたい理由




 ケットシーの姿で生まれなかったから父親が来ない。シロイはそう思い込んだ。

 母親に何度も罵られたからだ。「せめてお前が黒ければ!」と悪態もつかれた。当時はその意味すら分かっていなかった。

 師匠の元で暮らすようになって理解した。ケットシーは黒毛だったのだ。姿も獣人族というよりは大きな猫であった。どちらか一方に当てはまっていたら母親はシロイを捨てなかったろう。


 シロイは今もまだ、自分自身を白猫獣人族だと言いづらい。ましてや、隔離された大陸にいるであろう幻獣ケットシーの血を引いてるとはとても言えなかった。


 ケットシーは高位の幻獣になる。幻獣の多くも力を基準に生きていた。力ある者が正しい。彼等は力のない者を踏み躙っていいと考えていた。だから別大陸に師匠が隔離したのだ。

 とはいえ、幻獣の全てを捕まえられたわけではない。

 他にも、小鬼族のような魔物は片付けてもどこからか生まれては増えていく。師匠は「これはもう資源として数える」と放置した。

 危険な幻獣や魔物は目立つゆえに片付けてしまえた。たとえば犀亀は災害級の生き物だ。師匠は真っ先に移動させた。滅ぼさなかったのは角や甲羅が良い素材になるから。

 ちなみに知性が多少なりともある獣を幻獣と呼び、人の裏をかくような知恵はあっても改心しないタイプの獣が魔物という認識になる。もっと簡単に言えば、人間を食べないのが幻獣だ。魔物は人間を食べる。


「幻獣は別の、えっと違う世界に、いるんだよね?」

「幻獣界と呼ばれる場所だ」


 ヴィルフリートが腕を組んで頷く。天板に座ったファビーが尻尾を振った。相槌のつもりだろうか。シロイはファビーを気にしつつ、話を続けた。


「でも、実はこの大陸にもいるの」

「確かに聞いたことはあるが、それは召喚した幻獣たちが偶然出会って同種族同士で番ったからだろう? その子供がはぐれて更に繁殖しただけだ。基本的に喚びだした幻獣は管理されている。魔法協会に登録してあるからな。だから勝手に生まれ育った子は少ないと、研究者の記した本に書いてあった」


 どうやら学校で調べてきたらしい。

 シロイは困り顔で答えた。


「えっと、そういう場合も、あるよね。とにかく、生き残った幻獣は、思ったよりいるよ」

「そうなのか?」


 不審そうな目を向けられ、シロイは緊張した。どきどきする胸を片手で押さえて続ける。


「幻獣は人間を本能的に嫌っているから、姿を現さないだけだよ」

「嫌っている?」


 本当は「恐れている」が正しいだろうか。師匠はかなり無茶をやったらしい。

 師匠の残した資料を読み込んだファビーが(元々人間を下に見ていた幻獣たちは、師匠の魔人族時代も転生したあとも、こっぴどくやられた・・・・らしいですねぇ)と笑っていた。

 師匠がやった・・・というのなら、よほどだ。シロイは師匠の大型攻撃魔法を何度も見た。あれこそ災害だ。犀亀なんて目じゃない。


「えっと、契約しないと助けてくれないのがその証拠だと思う。たぶんだけど」

「ふむ」

「とにかく、いるのはいるよ。わたし、見たもん」

「そうなのか!」


 嬉しそうな声を上げるヴィルフリートに、ファビーが(単純ですねぇ)と笑った。尻尾がぴこぴこ動いているのは面白がっているからだ。

 ファビーはヴィルフリートについて(彼は偉そうな物言いをしますが、性格は素直です。魔法馬鹿なだけでしょう)と評した。ファビーは魔法生物だというのに人間について分かるらしい。シロイはファビーを信頼しているから彼の言葉も信じた。


「どこで見たんだ? 遠いところじゃないといいが」

「えっと、見たのは前に住んでいた家の近くの森だよ」

「そういえば、王都に出てきたばかりと話していたな。どこから――」

「あっ、ええと、他の森にもいると思う」


 慌てて遮ったのは、どこに住んでいたか答えるのが難しいからだ。

 ファビーは詳細な場所を知っているだろうが、シロイは「深い森の中」としか答えられない。

 王都のように住所なんて存在しないし、師匠の作った隠れ家は隠れているから隠れ家なのだ。

 それに王都へは転移魔法でやってきた。ファビーが「多民族国家で比較的平和な国の栄えた場所がいいでしょう」と言って引っ越し先を決めたから、道中がどうなっているのかも不明だ。

 ファビーによると、シロイが目覚めた隠れ家の場所は「僻地」にあるらしい。師匠がそうなるように仕組んだ。

 そんな場所に案内はできない。シロイは住所を知らず、転移魔法は高等魔法だから教えられないし、僻地の深い森ともなれば危険すぎる。


 しかし、比較的無害なタイプの幻獣ならばこの大陸にもいた。実際に繁殖だってしている。師匠の残したメモにもあった。彼が最後に生きていたのは二百年前だ。たった二百年で幻獣が絶滅するとは思えない。

 ファビーも同じ意見である。そして幻獣がいそうな場所も大体分かるそうだ。


「ダンジョンが近くにある森の方が確率は高いみたい」

「ダンジョンだって?」


 驚いて立ち上がったヴィルフリートにシロイの方が驚いた。耳がびくりと震え、尻尾がぴーんと伸びる。


「あ、すまない。つい」

「ううん。えっと、それで、ダンジョンの近くに行って調べようと思うんだ」

「……待ってくれ、君がか?」

「そうだよ。だって、依頼、だよね?」

「いや、確かに相談はしたが」

「うん。わたしは魔法のアイテムを売ってるだけで、幻獣を見付けるのは仕事内容としては違うかなと思うんだけど」

「あ、まあ、そうだな」

「ヴィルフリートの気持ちもちょっと分かるの」


 必死に努力して頑張っているのに彼は魔力が少ない。家族との間に問題も抱えているようだ。シロイのように虐待はされていなくとも、辛い気持ちは同じだと思った。

 だというのに、なにもできずにいたシロイと違ってヴィルフリートは前向きに生きている。

 シロイは師匠に助けられて、言うなれば他人任せに生きていた。

 目覚めてからも師匠に会えない事実に打ちのめされて不幸を嘆くだけだ。ファビーに諭され、師匠のところへ行きたい一心で「勉強しよう」と考えるられるようになったのはつい最近のこと。

 それでも人見知りがひどく、びくびくしながら王都での生活を始めたばかりだ。

 年上とはいえ、ヴィルフリートが頑張る姿はシロイにやる気を引き出した。

 ようするに彼を応援することで自分を奮い立たせているのだ。


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