第13話 大市に参加するための準備




 お店は相変わらず暇だ。あまりに暇なのでシロイはファビーと相談し、開店時間を午後からに変更した。店の前の道は午前中、誰も通らない。閑散としている。

 午後になると人の姿はあるけれどやはり誰も足を止めない。それならと、時々買い物に出掛けた。外出中は表に立てかけている白板に留守だと書いておく。

 泥棒の心配はしなくてもいい。防犯用の魔法を掛けていくからだ。売り物と同じアイテムを使っている。これはカードではなく置物型だ。家の中心にコップのような形のアイテムを置き、対になったL字金属を出かける時に扉の下に差し込む。そこに魔力を通せば発動する仕組みだ。


「今日はどこに行くの」

(大市に参加すると言ったでしょう? その視察です)

「大市はまだ先なのに? あ、商業ギルドに登録しないとだね」

(それも大事ですね)


 ファビーは斜めがけの鞄に入っている。お腹側に鞄を持ってきて、彼にも景色を楽しんでもらう。

 それとは別にリュックを背負う。買い出しスタイルだ。


(まだ顔に緊張が残っていますが、肩の力は抜けているようですね)

「わたし?」

(ええ。最初は動きがおかしかったので面白かったのですが)


 ぷぷぷと笑う。シロイは鞄をむぎゅむぎゅにした。ファビーが中に潜り込んでぐるぐると動き回る。


「わわっ、ちょっと」

(シロイが悪いんですよ)

「最初にからかったの、ファビーだもん」

(おやおや。おっと、そろそろ表通りですよ。独り言が大きいと目立ちますが大丈夫ですか?)

「だ、だめ」


 シロイは慌てて小声になった。

 まだ人の目が怖くて、シロイはちらちらと周囲を見回した。幸い、人通りは少ない。

 繁華街や市場まで行くと午後でも混雑しているけれど、魔法学校の近くは静かだ。賑やかになるのは食事時や学校が終わってからになる。飲食店や魔道具店が並んでおり、それを目当てに学生以外もやってくるようだ。


 シロイはファビーの案内で初めての道を通りながら、王都を散策した。

 先日初めて四日に一度と決めた休みの日が来たけれど、シロイは外に出なかった。翌朝に近くの青果店で買い物をしただけだ。

 ファビーは出不精のシロイを歩かせたかったらしい。遠回りをして商業ギルドにやってきた。



 大市に参加するには許可証がいる。申請後に場所が教えられ、開始時刻と同時に入っていい。席は早い者勝ちだ。常連の席はなんとなく決まっているそうだから、邪魔をしない方が今後を考えると良いらしい。

 シロイはのんびり行こうと思った。余っている場所にこそっと入り込めたらいい。

 テーブル、椅子などは商業ギルドでも借りられる。もちろん有料だ。

 金額を聞いて「それで商売が成り立つのかな」とシロイは首を傾げた。


「あなたの申請した内容でしたら、品を並べるテーブルがあればいいでしょうね。荷車で運んでも構いませんよ。邪魔にならないよう、店の裏側に置くこと。といっても、公園の芝生にまではみ出してはいけません」

「は、はい」

「大市が開催されるブランシュ公園は王都のシンボルでもあります。綺麗に使用することで国の許可を得ているのです。美観には気を付けてください」


 シロイはこくこく頷き、担当の女性職員の話を真面目に聞いた。不明な点があればメモに書き、ファビーの助けがないまま質問までしてしまった。


「休憩の時はどうしたらいいのか……。あの、手洗いとか食事とか」

「代わりの人はいないのね? でしたら、留守だと表示していればいいでしょう。あなたのブロックは中央通路ではないから混雑はしません。席を外しても問題はないわ。品は片付けていってください。特に高価な品は置いていかないこと。初めての参加なら周囲の出店者に知り合いもいないでしょうからね」

「知り合いがいたら、いいの?」

「お互い様が通じる相手ならね」


 女性職員がそこで微笑んだ。優しい目でシロイを見る。


「あなたはとても素直な女の子ね。だから、これは個人的な忠告になるのだけど」

「は、はい」

「世の中には悪い大人もいるの。笑顔で話しかけてきて親切に助けてくれた人が『見ていてやるから食べておいで』と言っても、簡単に信用してはいけないわ」

「あ、はい」

「特に獣人族の可愛らしい女の子だと目を引くでしょう。気を付けなさい。貴重品は必ず身に着けておくこと。いいわね?」

「はい。あ、あの、ありがとう」

「どういたしまして。不明な点があればまた質問にきてちょうだい。そうだ、大市には我々職員も見回りに行きます。この腕章が本物よ。覚えておいて。稀に、抜き打ち検査があるわ」

「検査?」

「申請した品とは別の物を売るのは違反よ。他にも、売り上げを誤魔化す出店者もいるわね」

「ああ、えっと、税金だ」

「そうね。あなたぐらいの売り上げなら全く問題ないわ。一定金額を超えると、たとえ出店でも申告してもらう必要があるの。あなたのランクは現在『鉄』ね。すでにお店を持っているので問題はないわ」


 店舗を持つ場合と出店だけでは審査にも違いがあるらしい。

 シロイはなるほどとメモに書き留めた。


「勉強熱心なのは良いことよ。二階に図書室があるから自主勉強も可能です。運が良ければ引退された商人が後輩に知識を与えようと待ち構えているから質問してごらんなさい」

「は、はい」


 親切に教えてくれた女性職員に頭を下げ、シロイは小さなブースを出た。

 せっかくなので二階も見てみる。


「誰もいないね」

「チチチ」

(言葉は魔法で覚えられましたが、常識はまだ身に付いていません。ご隠居さんがいればシロイのためになると思ったのですが残念ですね)


 気になる本が幾つかあったので手に取ってぱらぱらと読み進め、メモを取ってから図書室を出た。

 ファビーの指示で、次は出店者名簿を元に見て回る。

 商業ギルドに来た理由はこれだったらしい。


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