第11話 取り引きしよう、ファビーの説明と師匠について




 ヴィルフリートはシロイの提案に目を丸くした。


「魔力を増やすって、そんなことが可能なのか? いや、それよりも幻獣だ。どこに捕まえにいくんだ。幻獣はこことは違う世界に暮らしているんだぞ」

「えっ」

(おや、どういうことでしょうか)


 ファビーも知らない事実らしい。シロイとファビーは互いに顔を見て、首を傾げた。

 それを見ていたヴィルフリートが低い声を出す。


「やっぱり意思疎通ができている。低級の幻獣じゃない証拠だ。一般的に体が小さい幻獣は知恵もそれなりだと言われている。大きな幻獣が体のサイズを変える場合もあるが、それよりは特殊個体だと思った方が有り得るな」


 じっとりと見つめられ、シロイは言い訳できなくて黙り込んだ。

 ファビーはどこか面白そうな様子だ。

 たたっと走って硝子棚の天板に乗ると、前のめりで話すヴィルフリートに向かって仁王立ちになった。


(あなた、なかなか鋭いですね。いいでしょう。あなたの相談に乗ってあげます。その代わり、秘密を守っていただきましょう。特に、僕の大事なシロイを傷付けたら承知しませんよ)

「うわ、なんだ、声が」


 頭に手をやって、ヴィルフリートは後退った。でも狭い店内だ。背中が壁に当たる。彼はあわあわしながら、ファビーを指差した。


「特殊個体か!」

(まあ、そうとも言えます。ところで取り引きに関しての答えがまだのようですが)

「……分かった。俺の持ちかけた話も、大手を振って言える内容じゃない。そちらの条件を呑む」

(よろしい。では、まずは簡単に説明しましょう)


 シロイが呆然としている間に話がどんどん進む。

 ファビーはシロイに任せるよりはと思って代わりに話を進めてくれたのだろう。

 ヴィルフリートが正直者で悪い人じゃないということは、人慣れしていないシロイでも分かる。だからこそファビーも取捨選択しつつも情報を開示した。


 ファビーは肝心な部分を誤魔化しながら「遠くに行ってしまった師匠が幼い弟子を心配し、自分を付けたのだ」と説明した。

 あくまでもファビーは師匠の契約相手で、又貸しできない契約内容になっているとヴィルフリートに思い込ませた。

 後見人に関しても「師匠が手配しましたが、その方もお年を召しており……」と言えば、勝手に納得する。ファビーの話し方が上手いのか、ヴィルフリートが先読みするからか、面白いように信じてもらえた。

 もちろん、正しくはあるのだ。全部を語っていないだけで。ファビーは年齢で言えば二百歳は超えている。彼が後見人としてサインをしたのなら嘘ではない。

 シロイはファビーの話術に「すごいなぁ」と感心するだけで終わった。



 魔力を増やして幻獣を捜すことでファビーの件を誰にも言わないと約束したヴィルフリートは、つやつやした顔で帰っていった。

 何故か、シロイの勉強を手伝うということにもなっていた。「お互いに頑張ろう」と言うヴィルフリートを見送ってから、シロイはファビーを見た。


「どうして? なんでそうなったの?」

(ちゃんと聞いていないからです。僕は彼に『師匠は意図せずに巻き込まれた事象によって遠くへ飛ばされてしまった・・・・・・・・・』と説明しました。彼は想像したのでしょう。ダンジョン異変に巻き込まれて強制転移させられたのだ、とね)

「う、うん」

(シロイが師匠を捜したくて、働きながら魔法を勉強しているとも言いました。彼はプライドが高いようです。一方的な供与をよしとせず、相手にも与えなければならないと考えた。幸い、魔法のことであれば自分の得意分野だと思ったのですね。そこで貸し借りなしとしたかった。精神的に、という意味ですが)

「うん?」

(こちらから与える利益の方が大きいですからね。彼には金銭で返してもらいましょう)

「それ、押し売りじゃないの?」

(本人が承諾しているのです。それに魔法学校の学生ですよ。問題ありません)

「そうかなぁ」

(それより、シロイはボロを出さないようにお願いします)

「あ、はい」

(『三千年前に生きていた』だなんて説明しても、突拍子もない話だと思われますよ。長期睡眠魔道具の存在はもちろん異世界に転生した師匠の件もです)

「さすがに、わたしでもそれぐらいは分かるよ。誰にも言いません。嘘つきって言われたくないもん」


 師匠がどれだけすごい人なのか、自慢したい気持ちはある。彼に助けられてシロイは平穏に生きられるようになった。大人になって恩返しをするつもりが、まさか寿命が尽きようとしているだなんて思いもしなかったのだ。

 最悪なことに、当時の世界はシロイのような見た目の獣人族は迫害に遭っていた。

 師匠自身は力があればそれでいいという考えだった。世界そのものを変えようだなんて考えはなかった。

 けれど、幼いシロイを残していくことになると気付いて「このままではいけない」と思ったようだ。

 彼はシロイが生きやすい世の中にするには時間がかかることから「数百年後に期待しよう」という結論に至った。

 まずはシロイを安全な長期睡眠魔道具に入れた。師匠は死ぬ間際まで世界の根本を変えようと魔法を駆使して働いたそうだ。そして自らに刻んだ魔法陣により、研究中だった転生魔法に賭けた。

 上手くいけば転生後にシロイを守れる。

 失敗しても、数百年後であれば世界もある程度変わっているだろうと思っていたらしい。


 結果として、シロイは三千年ほど眠った。

 師匠は何度も転生して世界の仕組みを変えた。「強者が全て」という考えまでも変えてしまった。

 法律によって国を運営する仕組みが当然になったのだ。もちろん貴族といった身分制度は残っているけれど、古代の弱肉強食よりはずっとましになっている。

 他にも、強い幻獣たちを「危険だから」という理由で別大陸に隔離したり、シロイが怖がる魔物を異空間に閉じ込めたりもしたようだ。

 魔法の体系も自分好みに変え、昔であれば使えていた超巨大攻撃魔法を禁忌として使えなくした。

 シロイが生きる上で障害になりそうなものを排除した彼は、もうやることがなくなった。

 この世界に飽きたのだ。


「師匠はわたしのこと、本当の子供みたいに思ってくれていたのかな。過保護だよね」

(そうでしょうね。僕を創ったぐらいです)

「あの頃もゴーレムは造っていたけど、ファビーは魔法生物だもんね。すごいなぁ。でもどうして魔法生物だったんだろう」


 ファビーがふふっと笑った。二本足で立つと、くるりと回ってお辞儀する。


(実は僕、依代にもなります。異世界に転生した『師匠』が時々様子を見にくるための器です。……よろしくね)


 最後の喋り方がまるで師匠そのものだったから、シロイはそれがファビーの冗談ではないと気付けた。


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