第9話 探求者になりたい彼の事情
魔法使いたちは、とっておきの魔法を一つや二つは持っている。というより持っていなくてはならない。そうでないと就職が難しいそうだ。
国から大事に保護され、身分も与えられるという魔塔のメンバーになるのは難関だという。
その次に人気なのが魔法騎士だ。しかし、大抵は魔法兵に就く。国軍か領軍だ。他にも街で細々と生きる道もある。その場合は平民落ちと言われて下に見られるそうだ。
それ以外の道もあると、ヴィルフリートは語った。
「俺は『探求者』になりたいんだ」
「探求者?」
「冒険者は分かるよな。奴等の生業は魔物狩りが中心だ。中にはダンジョンにも潜って素材を回収してくる。探求者の活動も似ているが、より研究に重きを置いている。主に遺跡やダンジョンの研究をする者のことを探求者と呼ぶ」
「すごい」
「在野の研究者だ。フィールドワークも気軽にできる」
「うん」
「その分、危険は付きものだ。魔塔の者なら護衛騎士が付くだろう。だが、個人で動く探求者には騎士なんて付けられない」
シロイは腕を組んだ。護衛を頼むとしたら冒険者になるのだろうか。それに個人じゃなくても、ギルドのような頼れる場所はないのかと考える。
「他の探求者と仲間にはならないの? ええと、相互……。なんだっけ、ファビー」
(相互扶助でしょうか)
「そうだ、相互扶助!」
ファビーが呆れたような声で助けてくれたが、シロイはヴィルフリートの話にのめり込んでいてそれどころじゃない。
思い付いた言葉を必死に連ねる。
「それに、ギルドのような組織は?」
「昔はあったんだ。でも、魔塔と揉めたらしくてギルドはなくなった。だから探索者になりたい魔法使いは冒険者ギルドに登録する。護衛を頼む場合もあるから悪いことばかりじゃない」
「そっかぁ」
「だが、相手を選ばないと裏切られる場合もある。せっかく見付けた宝箱を奪われて後ろから襲われた、という事件も過去にはあった」
「うわぁ」
(ひどい話ですね)
ファビーも気になるのか話に交ざってきた。といっても、ヴィルフリートには聞こえていない。
シロイは頷きかけて、慌てて顎を上げた。
「そこで頼りになるのが幻獣だ」
「あ、守護獣ってことだね」
その通りだというようにヴィルフリートが大きく頷く。
「もうすぐ召喚魔法の授業が始まる。最初は小さな幻獣から召喚するはずだ。だが、俺が喚べるかというと、自信がない」
「どうして?」
初対面の時のヴィルフリートからは想像ができない。自信家とまでは言わないが、シロイには彼が堂々として見えた。今もしっかりした態度だ。
むしろ、自信がないのはシロイである。
今もまだ人の多い王都で暮らしていけるのか不安ばかりだ。
だからだろう、ヴィルフリートが暗い顔で目を伏せた姿が気になった。もしかすると自分と同じかもしれないと、仲間意識のようなものがシロイに芽生えた。
ヴィルフリートは視線を逸らして言い淀んでいる。
シロイは彼の言葉を待った。待つのは得意だ。師匠には「おっとりしているね」と言われたことがある。たぶん、いい意味ではない。けれど、付与術には向いている。魔法陣を間違いなく脳裏に叩き込み、対象物へ付与しなくてはならない。慎重な性格だから付与術が得意になった可能性はある。
やがて、ヴィルフリートは言いづらそうに口を開いた。
「俺は魔力が少ないんだ」
「え、でも、魔法学校の学生なんだよね?」
「ああ。魔力が規定量ないと入れない。俺は最低ラインだった。平民ならそれでも十分だ。むしろ彼等よりは多い。やれることもたくさんあるだろう」
「うん」
「……俺は貴族の家に生まれた。貴族は魔力が多いと相場が決まっている」
(魔力の多い人間同士で婚姻を繰り返したからですね。とはいえ、所詮は只人族です。多い少ないの話だって、森人族や竜人族からすれば鼻で笑う数字ですよ)
シロイはファビーの説明になんと答えていいのか分からず(あ、答えたらダメなんだ)と思い出して無言になった。
ヴィルフリートはシロイが気を遣ったのだと思ったようだ。困ったように笑う。
「両親も兄も魔力は多い。一族の者もだ。俺だけが少なかった。両親はそれでも教育を与えてくれただけましだ。だけど、それだけだった。周りも敏感に感じ取る。なにを言ってもいい相手だと思ったんだろうな。俺に、優秀な兄君の足を引っ張るなと分家筋が言うんだ。おかしいだろ」
「ひどいね」
「せめて独り立ちして、ちゃんと生きていけるのだと示したい。良い成績で卒業したいんだ」
決意の籠もった目で語る。
シロイには師匠の下へ行きたいという目標がある。最近は環境が変わりすぎて勉強が滞りがちだ。
ヴィルフリートの切羽詰まったような、がむしゃらな熱意を見ていると自分の生温さに気付く。
心のどこかで、師匠がなんとかして異世界から戻ってきてくれるかも、といった期待もあった。
シロイは首を振った。このままではいけない。
「ヴィルフリートはすごいね」
「いや、そうでもない。座学は一位を死守しているが、実技が本当にだめなんだ」
そこで身を乗り出す。
視線が硝子棚に並べられているアイテムに向いた。
「せめて底上げしようと魔道具に頼ろうとしたが、大型製品ばかりだ。小型で良い魔道具となると国宝級になる。とても与えられた予算ではやっていけない。だからといってアイテムはろくなものがなくてな」
「うん」
「が、ここの商品は良かった。しかも安い」
「えっと、ありがとう?」
「一番大事なのが、君の知識と、それから――」
視線が椅子の上のファビーに向く。
そうだよね、正直に告白していたもんね、とシロイは思った。
ヴィルフリートの願いはやはり幻獣、つまりファビーにある。
もっとも、彼は魔法生物だから厳密には幻獣ではない。
シロイは、さてどうやって説明すればいいのかとしばし考えた。
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