第8話 また来た魔法学校生は正直者すぎる




 ヴィルフリートは二日後にやってきた。


「ようやく来られた。本当はすぐにでも来たかったんだ。でも、課題が多くてそれどころじゃなかった。カードの検証もするとなると時間が足りなくてな」

「あ、うん」


 勢いに飲まれ、シロイは内側の椅子に思わず座った。もう一つの椅子にはファビーが座っている。手にはナッツのキャラメリゼ。かりかり食べている途中だったので、ぽかんとした様子で天板越しにヴィルフリートを見上げている。

 シロイも唖然としていたかもしれない。ヴィルフリートは一人と一匹を見て咳払いし、深呼吸した。


「悪い。興奮するとつい話が止まらなくなるんだ。その、できれば話をさせてほしいが、仕事の邪魔になるだろうか」


 シロイは苦笑で首を振った。午後のお茶の時間になるが、お客様は一人も来ない。

 そもそも、お客様第一号だったヴィルフリート以降も買ってくれた人はいなかった。お店に来たのは水売りと新興宗教の勧誘ぐらいだ。お水はシロイでも出せるし、宗教に興味はない。フォルバッハは多民族国家だからか宗教には寛容だ。勧誘も強引でなければ問題ないらしい。

 つまり、たった三人しかお店に来なかったし、買ってくれたのはヴィルフリートだけだった。


「暇だからいいよ」

「そうか。残念だな。良い物を売っているのに」


 良い物と言われて、シロイはぱっと笑顔になった。

 ヴィルフリートは目を細めた。


「本当に良い物だ。あれからカードを検証したが、二十回を超えていた。冷却が二十八回だ。湯沸かしは風呂にも使用して二十五回。魔力を流す練習用のカードに至っては三十回を超えているがまだ使えそうだぞ」

「えへへ」


 嬉しくてファビーを見ると、べたべたした手を舐めているところだった。こういうところを見ると普通のペットのようである。シロイはそっと頭を撫でた。


(どうしました? 褒められて照れましたか。僕が褒めても謙遜ばかりで信じなかったくせに、ぽっと出の男の言葉は信じるのですね)

「えぇー、違うよ」

(また『会話』になっていますよ。ヴィルフリートに目を付けられたらどうするのですか)

「あ、えと、うん。かっ、可愛いね、ファビー」

「チチチ」


 ファビーは呆れたように鳴いて、お茶を飲んだ。ふぃ~と満足そうな息を吐く。むしろその仕草の方が人間臭くて、ただのペットとは言えない気がする。

 はたして。


「……やはり、幻獣なんだな。しかも、知能が高い」

「あ、う」

「そう、君の身の上も気になる。いくら裏通りの小さな店とはいえ、十歳の女の子が店主だというのは難しくないか。しかも、アイテムを幾つも作れる。知識は魔道具師にも引けを取らない。むしろ、もっと上じゃないのかと俺は思っている」


 じっと見つめられ、シロイは目を泳がせた。


「チチッ」


 ファビーが威嚇音を出す。するとヴィルフリートは慌てて両手を前に出した。


「あ、待ってくれ、違うんだ。追求しているわけじゃない。俺は、気になることがあると調べたくなる性質たちなんだ。特に魔法陣となると目がない。こんな素晴らしいアイテムを見付けた上に、作った人が年下なんだ。気にもなるだろう?」


 ちらちらとシロイを見る。ファビーに「なにか」を命令しないよう、目で訴えているのだろうか。

 シロイはファビーの頭を撫でて大丈夫だと示した。


「えっと、ここが長く空き家だったの、知ってる?」

「ああ」

「売れ残っていたから安かったんだよ。師匠が残してくれたお金で、この店舗付き住居を買い取ったの。本当は表通りのお店を借りたかったんだけどすごく高いし、十歳だと借りるのは難しいんだって」


 毎月保証人のサインが必要だと言われた。保護者のサインもだ。


「買い取りだと、お金さえあれば結構緩いんだよ」


 後見人の「この子の素性は問題ありません」の書類さえあれば良かったのだから、本当に緩い。

 師匠と暮らしていた頃の方がもっと厳しかった気がする。強者の意見でころころルールが変わるからだ。

 ただ、シロイは子供だったから当時の社会のルールをよく知っていたとは言えない。

 現在はファビーが教えてくれる知識を元に常識を学んでいるところだ。


「師匠の知り合いが後見人として書類を用意してくれたし、商業ギルドや冒険者ギルドは十歳から登録できるでしょ? だからちゃんとルールを守って、お店をやってるよ」


 師匠の知り合いが、と説明したのはファビーだ。しかし、師匠が最後に生きた時代は二百年前である。おそらくファビーが魔法で工作したに違いないと、シロイは思っている。


「俺は、君が違法行為をしているとは言ってないぞ」

「でも変だと思ってるんだよね?」

「まあ、少し」


 ヴィルフリートは正直に答え、それから溜息を零した。


「正直に言うと、俺がなにか手伝える部分があればと考えた」

(弱みを握りたかったのでしょうねぇ)

「えっ」

(シロイ、表情を無に!)

「あっ、あの、手伝うって?」


 シロイは頑張って表情を戻し、ヴィルフリートに問うた。


「困っていることがあれば俺が助けられるかもしれない。親しくなったらいろいろ教えてもらえるだろう? それで、あわよくば幻獣を、少し借りられないかと思ったんだ」


 ヴィルフリートは本当に正直だった。

 シロイは今度こそ驚きが顔に出た。

 それを見たヴィルフリートが難しそうな顔をする。


「突然の話で申し訳ない。他人の幻獣を借りるだなんて無理な話なのは分かっているんだ。でも、俺はどうしても召喚魔法を成功させたい。幻獣の相棒がいれば夢が叶うんだ」


 懇願するかのような言い方だった。シロイは気になって耳を傾けた。


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