第4話 お客様第一号は話し好き
黒髪の若者は訝しげに店内を見回した。といっても小さな店だ。あっという間に観察は終わった。
シロイは手にしていたお皿やカップをそっと作業台に置いた。ファビーは空気を読んで静かにしている。
「表の看板に魔法アイテムを売っていると書いてあったが、これだけか?」
若者は硝子棚をちらっと見てからシロイに視線を移した。
「ええと、こちらにもまだあります」
シロイは背後を振り返って説明する。天井まで続く抽斗付きの収納家具だ。この家の二階に元々あったもので、シロイが改造して作り直した。
「ショーケースに並べないのは何故だ」
「売れない、気がして」
尻つぼみになる。それでなくとも元々声が小さいシロイだから、狭い店舗内とはいえ若者に聞こえたかどうか。
しかし、若者の耳には聞こえていたようだ。顰め面でシロイを睨み付ける。
「店員がそんなことを言ってどうする。売り物の一覧表も置いていないようだな。なにがあるのか、一目で分かるようにしてもらいたい」
「あ、えと、うん」
「店主の意向かもしれないが、せっかく魔法学校の近くに店を構えたんだ。もう少し商売っ気を出した方がいいんじゃないか」
「……」
「確かに、ここは魔法学校の表門や裏門からは一番離れているし、裏道だ。表通りの華やかな通りや、学生相手に商売をしている大型のアイテムショップもあちらにある。向こうは魔道具店を併設しているから買いやすいともっぱらの評判だ。それを分かっていて近くに店を出すのだから自信はあるのだろう?」
いきなり話し始めた若者に面食らい、シロイはもう相槌すら打てなくなった。
シロイが困惑していることに相手も気付いたようだ。ごほんと咳払いし、視線を逸らす。それから何事もなかったかのように硝子棚を覗き込んだ。
若者は気になるアイテムがあるのか、徐々に顔を近付けた。目がぎらぎらしている。
シロイは緊張しながら若者眺めた。
「ふむ。面白い発想だ」
「え」
「これは板、いや、紙か? こんな小さいものに魔法陣を付与できたのか。中がどうなっているのか知りたいな」
「えっ、それはちょっと」
「ああ、飯の種だと言いたいんだろう? 街で商売をする魔法使いたちが秘密主義なのは知っている。魔塔の研究者なら嬉々として発表するところだがな。まあ研究者といっても学会発表よりは金儲けが大事だ。魔法陣の利用料で稼ぐ奴等が多い。だから飯の種を明かさないというのは当然だし理解できるよ」
若者がぺらぺらと話し始める。どことなく師匠に似ている気がして、シロイはふっと笑った。師匠も研究成果を話し始めると止まらない人だった。シロイには理解できないと分かっているくせに延々と語る。きっと誰かに聞いてもらいたかったに違いない。師匠もシロイと同じで、出会うまでは独りぼっちだった。
もしかすると目の前の若者も友人がいないのだろうか。
シロイが勝手に想像していると話がぴたりと止まった。
「悪い。一方的に話してしまった」
「ううん。あの、引っ越してきたばかりで知らないことばかりだったよ。研究者は魔塔というところにいるんだね。さっきのは、独自に開発した魔法陣をどこかに登録して売るって意味だよね?」
「あ、ああ、そうなんだ。基本の魔術式は無償で使える。大昔、稀代の魔術師と呼ばれた男が編み出した魔法だ。これらは自由に使っていい」
稀代の魔術師と聞いて、シロイよりもファビーが動いた。
足下に隠れていたのに、ひょこっと椅子に飛び乗る。
(師匠が三回目に転生した時の話ですね)
念話で告げられ、シロイはぴくりと耳を動かした。若者が釣られてシロイの耳を見る。そのまま視線が下に向かった。尻尾を見ている。
王都にはシロイと同じような耳と尻尾付きの人間が確かにいた。ただ、数が多いわけではない。人口の七割は只人族になる。だからか、只人族は獣人族の姿が気になるようだ。目で追っている。
シロイは他人と目を合わせることができずにいたので気付くのが遅れたが、どうやら良い意味で見ているようだった。というのも、彼等の視線の先は耳や尻尾で、すぐに笑顔となるからだ。
「あ、すまない! 獣人族は耳と尻尾が大事なんだよな。もちろん、触るような真似はしない。綺麗な白色だからつい気になって見てしまったんだ。申し訳ない。いくら小さくとも、女性だものな。気分を悪くしただろう」
「ううん。あの、最初はびっくりしたけど、みんなよく見てるから。引っ張られないなら別にいいよ」
「引っ張る奴なんていないだろ。ははは」
シロイが曖昧に頷くと、若者は眉を顰めた。
「まさか、誰かに嫌がらせを受けたのか? それは人権侵害だ。暴力にも等しい。どこの誰だ。俺が憲兵に突き出してやろう」
「あ、ち、違う。ずっと前の、昔のことだから。今は大丈夫。この場所は平気」
「そうか。フォルバッハは諸外国の中では暮らしやすい国だと思う。差別も少ない方だ。この国に引っ越してきたのはいい判断だと思う」
若者はうんうんと頷き、それから「あ」と声を上げ、頭を掻いた。
「悪い。また一方的に話してしまった。あー、そうだ、店主はいるか。このアイテムについて詳しく話が聞きたい。もちろん魔法陣について問い詰める真似はしない。用途が気になってな。もちろん聞くだけではなく、買うつもりだ」
ずっと自分一人で話していることには気付いていたらしい。シロイは面白くなってきて小さく笑った。
椅子の上のファビーも「チチチ」と鳴く。
そこでようやく、若者はファビーの存在に気付いたようだ。硝子棚の上から奥を覗き込むようにして見た。
「え、幻獣? しかも二本足で立っているじゃないか」
小さな幻獣の大半は低位だ。知性は大きさに比例すると言われていた。また四本足で歩く幻獣も知性は低めだ。
幻獣と契約したら、ある程度の意思疎通が可能になる。その際に知性が高ければ背中を預けられる相棒となれるだろう。
小さくても二本足で立つ幻獣は賢いと言われていた。人間を模して動くからだろう。
ファビーはペットの白貂を装っていたが、二本足で立たずとも知性のある獣に見える。静かにしていられるのがその証拠だ。
やはり「親の幻獣を引き継いでいる」と周りに言っておいた方がいいだろうか。シロイは頭の中で忙しく考えた。
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