愛しの野良猫

夢咲心愛

第1話 うさぎの瞳に映る地平

 ふと、目が覚めるとハンモックで揺られている小さな女の子が目に入った。この子とこんな関係になるなんて思っていなかった。本来なら結ばれるべきではない大切な人。結月と出会ったのはもう5年も前で、まだ私が28で結月が22のときだ。

 私は趣味が高じて個人経営のアウトドアショップ(ファーストペンギン)の店長をしていた。最初はとても小さな店舗だったが気が付くと店舗も拡大し人数は少ないが従業員が雇えるようになっていた。そして、初めての新卒社員として来たのが結月だった。

 新入社員の応募をすると1枠になんと20人もの学生たちが面接を受けに来た。私の趣向もあり面接には自分らしい恰好でと伝えていた。まぁ、そうはいっても大半がオフィスカジュアルというスタイルの中に1人だけエスニックファッションの小さな女の子がいた。いざ、面接になると緊張しているのがこちらにも伝わる程だった。でも、面接が始まると水を得た魚のようにキラキラと話す結月に魅了された。なぜ、ここを選んだのかと聞けば他の応募者は経営方針に感銘をうけたとか、当たり去りないテンプレの様な言葉を並べたが結月だけは違った。自信満々に店名が好きだと話し始めたのだ。


「ペンギンは仲間が飛び込むと飛び込む性質があります。その中でも最初に飛び込むペンギンのことを勇敢なペンギンとしてファーストペンギンといいます。店名と同じく色々なことにチャレンジしたいと思い志願しました。」


 しかも、ほかの子とちがってアウトドア経験が少なかった。でも、この子のキラキラした可能性を信じてみたくなった。それに育ててみたくなったのだ。今日は、そんな結月が初めて出社してくる日だ。基本は服装自由にしているが動きやすい恰好でと伝えておいた。

 結月は30分前には着いていたみたいで、店の前にいた。


兎姫とひめさん。早いね……待った?」

「緊張して早めに家を出たら早くついてしまいました。」

「そっか……あまり緊張しなくていいから。待ってね。鍵開けるから」


 鍵を開け店の事務所に通うし契約内容の確認をした。


「月給が25万 週5にシフト制 福利厚生は書いてある通りね。家賃補助とかも出るからあとで申請書わたすから。問題なければサインをお願いできるかな?」

「はい!よろしくお願いします。」

「よし、これで正式にうちらの仲間というわけだ。はい……これはユニフォームのエプロンね。つけてみてくれるかな?」

「はい!これでいいですか?」

「くすくすっ兎姫とひめさんには、少し丈が長いかな?」


 背の低い結月にはエプロンが長くアンバランスだった。その姿につい笑ってしまった。笑われたことに驚いたのか、少し結月は照れていた。

 

「大丈夫です!」

「まぁ。今日はこれで我慢してくれる?後でサイズに合わせた物を用意するから」

「ありがとうございます。店長。」


 店内や休憩室などを案内をしていると、いつの間にか朝礼の時間が近づいてた。


兎姫とひめさん、朝礼でみんなに紹介するから自己紹介頼むよ」

「はい……」


 従業員が集まっていることを確認してから結月を隣に控えさせて朝礼を始めた。一通り連絡事項を伝えると結月に前に出るように促した。


「みんな、新しい仲間が入って来ました。分からないことだらけだろうから教えてあげてね。ほら!自己紹介」

「はい!兎姫とひめ 結月と言います。みんなからはウサギって呼ばれてます。分からないことだらけですがよろしくお願いいたします。」


 頭を下げると皆が拍手をしていた。こういうところが、本当にこの店のスタッフは暖かいと思う。


「ほら、みんなも自己紹介して!」

「じゃあ俺から、バイトの鳴瀬 湊25歳です。まぁ、趣味でもキャンプ行ったりするんでよろしくな!」

「次、私ですね!副店長の西田 瑠花と言います。店長に誘われてお店を手伝ってます。よろしく、うさぎちゃん」

「はーい!最後は、すずの番ね!一ノ瀬すずです!今は高校2年生です!仲良くしてくださいね。うさぎさん!」

「さて、みんな今日も1日よろしくお願いします。兎姫とひめさん……いや、うさぎちゃんと呼ぶね。うさぎちゃんは私と一緒に研修しますか。」


 まずは、店内の配置を説明すると、見慣れない商品が多いのか質問攻めだった。結月は、まだまだキャンプを始めたばかりと聞いていたから楽しくてしょうがないんだろう。アウトドアショップは少し特殊だ。お客様の良きアドバイザーであり、良き友でなくてはならない。そのため、実際の使用感だったりと実践的な知識が必要となる。


「たしか、うさぎちゃんはキャンプ始めたばかりだっけ?どんな感じでキャンプに行ってるの?」

「えっとですね。わたし、ヤマハのトリシティ500というバイクが愛車なのでバイクに積んでキャンプに行く感じです。バイクに積めない物は前もって送ることが多いですかね。私、どうしてもキャンプにはハンモックを持って行きたいタイプなんですよ。」

「そうなんだ。ハンモックは確かにいいよな。トリシティ500か……あの三輪バイクか。面白いの乗ってるじゃん。」

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