第3話「ドリルとAIとピンクの男」
個室型の更衣室でピンクの防護服を着ながら、タケルはかつてない焦燥感を感じていた。
おいおいおい。
おいおいおいおいおい。
俺21だぞ。
成人した立派な債務者だぞ。
自覚せえよ。
ピンク?俺、マジで本当にピンク?
防護服を見る。
ピンク。
…………………………。
マジかあ〜。
着たくねえ〜、マジで着たくねえ。
壁を殴りながらぶー垂れていると、無情にも「うるせえぞ!」という怒号が隣の個室から鋭く飛び込んできたから、俺は渋々服を脱いだ。
上下繋ぎになっている防護服のファスナーは、ボタン押すなりすごい音を立てて閉まり、あっという間にピンクという魔性の色がタケルの体を包み込んだ。
…似合わねー。
これじゃあまるで変質者だ。
今この場で死んでやろうかな。
ピンクを俺の血で赤く染めたろかな。
個室のドアを開けると、他の奴らはもうほぼ着替えを終え、外に出てきていた。
みんな俺を見るなり吹き出したり、二度見したりした。
ああ、なんだ、ただの集団リンチか。
こんなことなら借金なんてするんじゃなかった…
「着替え終わったようだな!今から使用する道具の説明をする!」
そう言ってリーダーは後ろからゴツいドリルを取り出した。
明らかに普通とは思えない量の冷却用ファンや、絶対いらないパイプなどが大量に取りつけられていたそのドリルは、ところどころ錆びついていた。
うっわー。でっかー。
いかにもじゃん。
特級呪物かな?
「このドリルは腕に装着する!いいか!安全ピンを下げずに使うとドリルの刃とかが…なんかこう危なくなるから、絶対に安全ピンは下がっていることを確認して使え!いいな!」
安全ピン…?レバーとかじゃないの?
よく見ると消化器によくついてる黄色い輪っかみたいなやつが付いていた。
あれか…。
…ちっさ。
ちっっっっっさ!
なんでこんなゴツいのを制御する唯一の手段がこんなちっせえんだよ!
おかしいだろうが!
「これはお前らの手首に埋められているチップの番号と対応するものしか電源が付かない!まあ、とどのつまり、持ち主以外は電源がつかねえ!」
なにサラッと手首にチップ埋めてんだよ…
車で一回眠らされたのはそういうことね…
ブラック企業がよ。
「じゃあ、お前ら番号呼ばれたら取りに来い!」
しばらくして、自分の名前が呼ばれた俺は、自身の番号である「26」が白くスプレーで書かれたドリルの、読み取りリーダーに手首をかざした。
ピロン、という音の後、
「井上タケルさんですねーこれからよろしくお願いしますクミカでーす」
という気だるげな声がした。
見ると、アニメに出てきそうな二次元の女の子が液晶に現れていた。
髪は黒いが、目は赤い。服はグレーのパーカーであった。
え?うん。パーカーだよ。グレーのパーカー。
開かれたチャックからは、この
うん。君が言いたいことはわかるよ。
ラフな服だなあ。って、言いたいんだろ?
きっと君は心の中で、
「AIエージェントか〜。きっとパリッとしたスーツを着て、テキパキ仕事の補佐をしてくれるんだろうな〜。」
って思ったんだろ?違うか?
現実はそんなに甘くないんだよ。
どうやらAIは一人一人違うものが用意されてるようで、服、性別はまちまちだ。
「ドリル、AIは使い回しだ!前に使ってたやつがぶっ壊してたり、自分の趣味嗜好に合わせてAIを改造してたりする!そういう時は俺に教えろ!初期状態にする!」
そういうとリーダはノートパソコンを後ろから…
って待て。なんでもあるな、あいつの後ろ。
さっきから後ろからいろんなものが出過ぎなんだよ。
全部後ろから取り出すなよ。某猫型ロボットのポケットを思い出すだろ。
てかあいつ…ノーパソにめちゃくちゃステッカー貼ってるやんけ!
うわ、あいつVアイドル好きなんだ…
あれは確か3周年記念ライブの限定ステッカー…
そしてあれは卒業ライブの…
あいつめっちゃファンやんけ!俺もだわ!あいつとは美味い酒が飲めそうだわ!
そのムキムキのなりでハッキングとかするの?
ギャップ萌えってやつ?
おそらく俺のAI…クミカだっけ…は、前回の持ち主の趣味を聞き入れた結果、こういう形になってしまったらしい。
わかる、わかるぞ、誰だかわかんないが、前の持ち主さん。
ラフな格好の女の子っていいよね…
じゃないんだよ!
まあ、実害なさそうだし、ハッキングは…
「てか君、何歳?30?老けすぎw」
…ん?
「21?みえね〜w てかその年でピンクはキッツw」
あー。そういう感じね?
俺はリーダーにハッキングを頼むことにした。
「は?ちょ!お前!リセットすんなや!」
うん。そうだねー。
俺を馬鹿にしなければ助かるのに…
リーダーはドリルにケーブルを繋ぎ、リセットの準備を始めた。
だが、リーダーは液晶を見るなり固まってしまった。
「…どうかしました?」
「カ…」
「はい?」
「クミカ!新人!お前のドリルの担当になったんだな!」
え?知り合い?まじで?この人が前の持ち主?嘘でしょ?
「いや待て。お前まじか?これをリセットすんのか?嘘だろ?」
すうごい圧を感じる。まずい誤魔化さなくては。
「俺がせっかく毒舌のラフな格好の女の子を作ってやったのに…こっそりプログラム改変して」
あれ?こいつ結構やばい?
「いっ、いや、ちょっと俺は毒舌がすぎて…」
その瞬間リーダーの顔が少し曇った気がした。
あれ?俺もしかしてまずいこと言った?死ぬ?殺される?
「そうか、仕事に支障をきたすのはまずいな…だが俺もこの性格にするのに何年もかかったんだ」
何してんだこいつ。
「だがお前の気持ちもわかる。だからこうしないか?」
数分後、帰ってきたドリルの液晶画面に映るクミカは引き攣った笑顔で、
「ごっ、ご主人さ…キッツ!もう無理!」
その時、俺はリーダーを見る。
頷くリーダー。俺はドリルにリーダーがつけた追加端末の「大」と書かれたボタンを押した。
その瞬間、クミカに雷が落ちるようなアニメーションが流れた。
「あばばばばばばばばああああああ」
うわーお、リーダー。やりましたね。
「ずみまぜんもうじまぜん…」
黒焦げのクミカ。ざまみろ。
「うう…なんでコイツみたいなクソ債務者に従わなきゃ…」
その声がデカかったので、周りの債務者が少し殺気立つ。
俺は慌てて「小」を押した。
少しだけ電流が流れ、クミカは背筋を伸ばした。
「痛った!ごめんなさい!」
なるほど、これは使える。
てかコイツ毒舌じゃねえな。
ただ口悪いだけだこれ。リーダーは教育をミスったんだな。
俺の後ろで舌を出すクミカを見ないふりして、俺はリーダーにグッドサインを送った。
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