狐か狸に化かされた話

@botamoti02

撒き餌

 私、嘘の自殺を見たことがあるんですよ。自殺未遂かって?そうじゃないんです、嘘の自殺なんです。よく分からない?確かにこんな事言われてもピンとこないですよね、ハハハ。 

 そうだなぁどこから話をしましょうか



 私の地元は市なんて付いてはいますが周りは山だらけの盆地でしてねぇ。川沿いには公共施設や商業施設が立ち並ぶんですが、それ以外、つまり住宅や学校などは山中を切り開いた場所にあったんです。


 家も学校も山の斜面に沿うようにあるもんだからそこら中坂だらけでして。長い長い坂を毎日毎日夏も冬も自転車でえっちらおっちら高校を卒業するまで漕いでましてねぇ。文科系の部活の子供ですら太ももがパンパンになるぐらい鍛えられてましたよ、ハハハ。


 あぁすみません、話が逸れてしまいましたね。


 あれは中学2年の11月ぐらいでしたか。通ってた中学校の文化祭がありまして。私のクラスは喫茶店をすることになってたんで、放課後残って飾り付けやメニュー表を作ってました。


 メニューですか?最初はペットボトルのコーヒーやジュースを提供するって話だったんですけどねぇ。当時の担任がコーヒーにうるさい人でドリップじゃないと駄目だ!なんて言い出したから結構本格的なのを作る事になったんですよ。勿論ウェイトレスはクラスの美男美女です。僕みたいな芋中学生はもっぱら裏方専門でして。でも楽しかったなぁ、皆でワイワイ騒ぎながら準備するの。


 そうやって遅くまで学校に残ってたら先生がもう帰りなさいって言いに来まして。もう外は真っ暗で、ハッとして時計を確認したらこれが18時過ぎ。急ぎ荷物を掴み、真っ暗な坂道を1人自転車で帰ることになったんですよ。


 そうそう、通ってた中学校はこれまた小山の頂上にありましてね。坂を下るだけでも5分以上はかかりましたし、カーブが何個もある上に街頭もまばらで夜中に出歩くようなもんじゃなかったですねぇ。

 けど全然怖いとかそう言うのは不思議となかったなぁ。遅くまで皆と準備をしていたせいか変な高揚感がありましたし、そんな火照った体を冬の澄んだ空気が冷ましてくれるような…今風に言うとエモいって奴ですかねぇ。


 そうして何個目かのカーブを下った時、それは見えてきたんです。


 最初は暗闇に赤い光がぼうって浮かんで、何だ何だと近づいていく内にそれが救急車やパトカーの回転灯だと分かりましてね。そして段々と喧騒も聞こえてきて、人だかりも見えてきて、警官が野次馬を取り仕切っていて、子供ながらに何か尋常じゃない事が起きたと言うのは分かりました。


 私の地元では事故や喧嘩なんかは聞いたことはありましたが、事件が起きたなんて聞いたこともないくらい平和で。だからでしょうかねぇ…私は好奇心に負けてしまい、気がつけば自転車を押しながら人だかりに近づいていたんです。


 野次馬ですか?いや知らない顔ばかりでしたよ。学校の先生って感じでも無かったなぁ…年齢もバラバラな男女が20人程いました。それが一同揃って山林側に向かって立ってたんです。

 野次馬の先頭を制するように警官が立ってまして「下がりなさーい、下がりなさーい」って言ってくるんです。


 こんな状況刑事ドラマでしか見たことがなかったですからねぇ、そりゃあ興奮しましたよ。

 中学生でしたから色々妄想なんかしちゃって、脱走した凶悪犯が山中に逃げたのか!?もしくは殺人事件でも起きたのか!?痴情のもつれからの無理心中か!?なーんてニヤニヤしながら眺めてました。

 で、結局何が起きたのか確かめようと思ったんです。周りの野次馬は口々に何かを話していましたからね、何か聞けるんじゃないかと聞き耳を立てたんですよ。そうしたら…  


女だったらしい

この先の奥で見つかったらしい

奥にある大きな杉の木で首を吊ったらしい

首か伸びたらしい


 野次馬の話を要点にまとめると概ねこんな事を言ってました。まぁ分かると思いますが、要は自殺だったんですよ。だから救急車も来てたんです。


 死体がこの先にある、それを理解した途端急に怖くなりましてね。自分が何か酷く冒涜的な事をしようとしているのではないか、もしくは何か決定的な間違いをしてしまうのではないか、そのようなものが込み上げてきたんです。


 とにかく早く帰らねばと思ったんですが、場の空気に飲まれちゃってねぇ、帰るに帰れなくて。

 そんな感じでまごついてたら山林側がやけに騒がしくなって、警官が野次馬を後ろに下がらせ始めたんです。野次馬達は口々に「出てくるぞ、出てくるぞ」ってまるで囃すみたいに言うもんだから余計に怖くて。でも目は反らせなくて。

 

 真っ暗な藪から最初に出てきたのは救急隊員でした。きつい傾斜があったのか担架を持ちながらゆっくりと後ろ向きに降りてきました。 

     

 次に見えたのは担架に載せられた毛布でした。くるまれていて見えなかったのですが恐らく胴体だと言うのは直感で分かりました。そして、その胴体から生えるようにして


首が


奥に向かってどこまでも伸びる首が


 そこから先を見ようとして私は咄嗟に顔を反らし、自分の足元を凝視していました。ガタガタと体は震えだすし、歯は恐怖でガチガチ鳴って。あれは見ちゃいけない奴なんだって流石に子供でも分かりましたよ…


 その後ですか?地面だけを見つめながら弾かれるように自転車に乗り、振り返ること無くその場から爆走して家まで去りましたよ。


 いやー本当に間一髪でした、首の皮一枚って言葉がありますが正にそれです。もちろん両親に今あったことを伝えました。両親は半信半疑でしたけど気休めだと言って私に塩を振りかけてくれてその日は終わりました。


 翌朝になったら恐怖心より好奇心が勝ってしまって現場を見に行ったんです。けど何も無くて。片付けられたとかじゃない、まるで最初からそんな事なんて無かったみたいに痕跡の様な物もなかったんですよ。


 首を捻りながらクラスの友達に話を振っても誰も知らないとしか答えが返ってこない。学校の近くで首吊りですよ?パニックとまではいかなくても、話題で持ちきりになってもおかしくないはずなのに。


 結局友人達の「何言ってんだお前」って視線もあってそれ以上人前で追求するのは辞めました。それでも2ヶ月ぐらいはニュースや新聞でそれっぽい事がないか調べたんですが、なーんにもありませんでした。


 だから私、狐か狸に化かされたんだと思うんです。文化祭で浮かれてたガキに、ありもしない自殺を見せてからかってたんでしょうねぇ。あの山、狐は知らないけど狸はいましたから。あっ猿もいたか。ハハハ!









 そうそう1つ思い出しました!

 自殺現場から背を向けて逃げる時、舌打ちの音と馬鹿にするような粘っこい視線を感じたんですよ。坂を下りきるまでずっと。

 振り返ってたら私、どうなってたんでしょうね。ハハハ!


 

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