名医の条件

五來 小真

名医の条件


「——もう手遅れですね。今から72時間と15分後に亡くなります。これが最後の挨拶となるでしょう。ご親族をお呼びください。保険の効かない薬を使えば、32分は伸ばせますがどうします?」

 メガネの医者は言った。

「なんてことを言うんだ——! あんた、それでも医者か!」

 その言葉に、患者の身内は怒りで身を震わせた。

「時間に余裕がありません。生前に会っておきたいご親族もおられるのでは——?」

「もういい! あんたじゃダメだ。今からでも担当を変えてくれ」

 メガネの医者は何かを言いかけ、腕を下ろした。

「——わかりました」

 メガネの医者は淡々と応じた。


「全力を尽くします。上手くいくように祈ってて下さい」

「お願いします、先生」

「一緒に頑張っていきましょう!」

 新しく担当になったのは、ガタイの良い医者だった。

 人が良さそうな印象に、患者の身内は胸を撫で下ろした。


「ご期待に添えませんで——」

「頭をあげて下さい。先生は十分頑張ってくれました」


 患者の身内は可能性を信じたかったので、親族に連絡をしなかった。

 それにより遠方の人間は駆けつけに間に合わなかった。

 

「間に合わなかった——。生きてるお父さんに会いたかった……!」

 

 遠方の人間は悔しさを滲ませていた。

 

 医療費は、当初の想定より随分と高額になっていた。

 それでもガタイの良い医者の働きに満足していた。

 そして、自分たちの担当を変えるという判断は正しかったと大いに納得していた。


 患者はメガネの医者が言った時間から、32分後に亡くなった。

 メガネの医者の宣告した時間は細か過ぎたし、その後反感を買った。

 そのせいで誰も覚えてもなかったし、計測もしていなかった。


 メガネの医者が、今回のように患者を失ったのは12回目だった。

 前回までは担当を変えられるのに食い下がっていたが、もうその気すら起きなかった。

 ——そのことに他ならぬ自分が驚いていた。


『もう医者としての矜持すらないのか……。——どうしてこんなに信頼されないのだろう?』 


 自分なりに患者、ひいては患者の家族のためになるよう最善を尽くしてきたつもりだった。

 しかし信頼されるのは、いつも自分ではない別の医者だった。


『——これが才能の差か……』


 医者は焦点も合わさぬまましばらく宙を見つめると、何かを思い出したように机からヨレヨレになった就職雑誌を取り出した。

 

<了>

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名医の条件 五來 小真 @doug-bobson

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