カゲフミ
火之元 ノヒト
第一話
チョークの粉が舞う西日の中、天野 陽太は世界の中心にいた。
放課後のざわめきが満ちる小学5年2組の教室。明日開催されるクラス対抗のドッジボール大会を前に、興奮したクラスメイトたちが陽太の机を取り囲んでいた。
「陽太! 明日のフォーメーション、マジでアレでいくのか?」
「陽太君が外野にいてくれたら百人力だよ!」
次々に浴びせられる期待と信頼の言葉に、陽太は太陽みたいな笑顔で応える。日に焼けた頬、快活に光る瞳。彼が「おう、任せとけ!」と拳を握れば、周りからわっと歓声が上がった。まるで、陽太という恒星の周りを、惑星たちがぐるぐると回っているみたいだ。
僕は、その惑星の輪から少しだけ離れた自分の席で、静かにその光景を眺めていた。月島 和真。それが僕の名前。陽太の、たった一人の「親友」とされるポジションにいる人間だ。
陽太の隣は、僕の指定席だった。彼が笑えば、僕も口角を上げる。彼が頷けば、僕も神妙に頷く。そうしていれば、陽太の放つ光の余波が、僕という影を少しだけ色づけてくれる。陽太の親友である僕は、クラスの中で「特別な存在」になれた。
「……じゃ、帰ろーぜ! 和真!」
やがて熱狂が少しだけ落ち着くと、陽太はカバンを肩にかけて僕の方へやってきた。その一言で、僕の周りに張られていた見えない壁がすっと消える。陽太が僕を選んだからだ。
「うん」
短く応えて席を立つ。教室に残っていた数人が「また明日な、陽太!」「月島君も!」と声をかけてくる。僕は小さく会釈を返すだけ。本当は、彼らが僕の名前を呼ぶ時、一瞬だけ陽太の方を見て確認するような仕草をすることに気づいている。
廊下を歩き、昇降口で靴を履き替える。夕方の気怠い空気が肌にまとわりつく。二人きりになると、陽太は学校にいる時よりも少しだけ饒舌になる。
「なあ和真、明日の作戦、もう一回確認しないか? やっぱり、後半のパス回しは……」
陽太が熱っぽく語る。僕は彼の半歩後ろを歩きながら、アスファルトに伸びる二つの影を見ていた。僕の影は、陽太の影に隠れたり、重なったりしながら、まるで必死に後を追いかけているように見えた。
「……和真がいてくれないと、作戦が立てられないよ!お前が司令塔なんだからな!」
角を曲がったところで、陽太がくるりと振り返って言った。屈託のない、100パーセントの信頼を込めた笑顔。その眩しさに、僕は一瞬、目を細めた。
司令塔。聞こえはいい。でも、駒を動かし、点を取る王様は、いつだって陽太だ。僕は、盤の外から王様が勝ち続けるための最善手を考え、そっと耳打ちするだけの存在。勝利の歓声を浴びるのは、いつだって彼なのだ。
そんな黒い感情が喉元までせり上がってくるのを、僕は慣れた仕草で飲み込んだ。そして、いつも通りの完璧な「親友」の仮面を貼り付ける。
「当たり前だろ。お前を勝たせてやるよ」
そう言うと、陽太は「だよな!」と満足そうに笑い、また前を向いて歩き出した。その背中を見つめながら、僕は心の中で静かにつぶやく。
——勝つのは、お前だけじゃない。
僕の言葉が聞こえるはずもない陽太は、「帰り道のアイス、おごるよ!」と楽しそうに言った。僕たちの影は、夕焼けの中でどこまでも長く、濃く伸びていた。
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