第5話 記憶の裏側
「ぼーっとして、どうしちゃったの?アジフライ定食冷めちゃうよ?」
意識が、記憶の中の先代の店主の顔から、今の店主の顔に切り替わった。
「あ、あぁ、頂きます」
少し慌てて返事をして、注文したアジフライ定食を黙々と平らげた。
会計の時、店主に帰り際一言添えた
「しばらく、通うかもしれません」
店主は、いつものいたずら顔でこういった。
「思い出したでしょ?店に入らなくてもいいからね。『確認』だけしてって」
彦星カレーと織姫カレー。
たかがカレーなのに…と思いながらも、その日が待ち遠しくてしょうがななった。
それから3日間、毎日店の前を通って帰った。店には入っていない。
そして4日目の会社からの帰り道。
店の前にはあの看板が立てかけられていた。
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・七夕カレー 1杯2000円
・本日限定
・大学生限定
・2杯限定
・次回予定「来年!」
※注文特典あり!
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覚えている。手書きの字も、金額も、限定の嵐も。あのころと同じ看板だった。
木でできているせいか、少し文字は色あせているけど、きっと何度も塗りなおしたり、文字をなぞったりして、そのままの姿を残してくれている。
でも、うれしかった。あの時の店主の顔も今ははっきりを浮かんでくる。
浮足立って店のドアを開いた。
――カラン
「いらっしゃい!」
店主の声に合わせて、自分も「いらっしゃい」と言っていた。タイミングもばっちり合った。
「看板みた?」
「もちろん!あのときの看板そのまんまなんだね?」
「まぁ、先代が残した遺跡みたいなもんだからね」
『遺跡』。確かに、あれは遺跡だ。
いつものビールと、枝豆、冷ややっこを注文した。
店主もいつも通り、せっせととオーダをこなしている。
その相変わらずの手際をみながら、店主に聞いた
「注文特典は変わってないの?」
「もちろん」
「じゃぁ、今日も…」
「そうだねぇ。カレー自体はとっくに売り切れているよ。なんていったって、2杯限定だからね」
といって笑っていた。でも、この店は売り切れても看板をしまっていない。理由があるからだ。
ひとしきり思い出にふけりながら、会計を済ませた。
そして帰り際に、店主に言った。
「注文特典、実は僕もらってるんですよ」
この言葉に店主は
「そうだったの?なのに忘れちゃってたんだ。まぁ地味な特典だからね」
いつものように笑っていたが、少し真顔でこういった。
「じゃぁ、ちゃんと特典の確認していってよ」
「うん。ありがとう。ごちそうさま」
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