第16話

 その後、彼女は少しずつ仕事に戻った。日中の撮影、雑誌の取材、短い収録。夜の配信は、たまに。僕は宿題をして、バイトに行って、ギターを弾いた。音楽室には相変わらず通い、彼女と音を合わせた。


 クマは、減ったり、増えたりした。彼女はそれを見るたびに「今日のは右が濃いね」とか意味のわからないことを言って笑った。僕は「そういう観察やめろ」と言いながら、内心少し嬉しかった。


 ときどき、僕は不意に怖くなる。彼女はやっぱり星だ。星は遠くへ行く。僕が手を伸ばすのをやめたら、彼女はもう届かないところへ行く。そういう恐怖は、消えない。けれど、僕は手を伸ばし続ける、と決めた。彼女が「普通」を覚えたように、僕は「続ける」を覚える。


 ある日の帰り道、彼女が言った。


「湊」


「ん」


「わたし、やっぱり、天性のアイドルだと思う」


「知ってる」


「普通、なりきれない。たぶん、ずっと無理」


「知ってる」


「それでも――」


「それでも、少しずつ、やれる」


 彼女は頷いて、ポケットに手を入れた。冷たい風が吹く。空は澄んで、星が見える。彼女は空を見ない。前を見て歩く。


「ねえ、湊」


「なに」


「好きだよ」


「……うん」


 僕は、歩きながら、言葉を探した。昼間は見つからなかった言葉が、夜の路地ではすこしだけ近くなる。口の中で転がして、形を整える。


「僕も、好きだ」


 彼女は立ち止まらなかった。笑わなかった。顔も向けなかった。ただ、歩幅が半歩だけ揃った。それで十分だった。

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