第12話

 文化祭のステージには出なかった。議論は続いたけれど、彼女が「まだ準備中」と自分の言葉で言って、引いてもらった。代わりに僕らは、教室の片隅で小さな音量で演奏した。扉は開けっぱなし。通りかかった人が一瞬だけ立ち止まり、また歩いていく。そのくらいの距離感が、今の僕らにはちょうど良かった。


 彼女は時々、僕にだけ聞こえる声で言う。


「湊、好き」


「知ってる」


 僕は、すぐには同じ言葉を返せなかった。返せば、また崩れる気がしたからだ。けれど、返さないでいることもまた彼女を傷つける。答えは、音の中に置いておく。ギターの響き、コードの選び方、休符の長さ。彼女はそれを、きっと読める。


「ねえ」


「ん」


「湊の『特別になりたい』は、どこに行くの?」


「ここ」


「ここ?」


「この、目の下のクマあたり」


「それ、皮肉?」


「本気。――僕が特別になりたい理由は、誰かに見つけてほしいからだった。でも今は、見つけたい人がひとりだけいる。だから、ここでいい」


 ほのかは、しばらく黙って、それから小さく笑った。


「ずるい」


「ずるい?」


「そう言われたら、ますます、ここから離れられないじゃん」


「それは困る」


「困らないで」


 彼女は僕の肩に頭をのせた。ほんの数秒。すぐに起き上がって、窓の外を見た。夕陽が、窓ガラスの向こうで薄く割れている。

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